勇者さまにお会いする方々の列です。
ハーデブルク司教座都市。
聖ライン河を流れる水は、魔力浄化作用があることから、古くから、魔力の浸蝕や、瘴気に触れた際の禊として利用されてきた。そういった歴史から、宗教的な繋がりが強く、聖ライン河流域は、教皇直下の大司教らによって管理されている地域が多い。
聖ライン河の上流から中流にかけて、幾つも小教区が置かれており、下流には、かつて交易の中継地としても栄えていた都市がいくつもある。ハーデブルクはそれら都市の一つだ。
ハーデブルクは、大司教を中心とした聖職者たちによって都市の運営をおこなっているため、司教座都市と呼ばれている。その中心部には、巨大な大聖堂があり、その地下墳墓には、歴代の大司教が眠っている。
ハーデブルク司教座都市は、ヴィーネリント小教区から南東へ10㎞の地点にあるため、竜骨を沈めた後は、この都市を訪れるのが定番となっている。
聖ライン河を支配する大司教の根城ということもあり、都市を囲む城壁は、他の都市とは比べ物にならないほど高く分厚い。また城門周辺は、ヴィーネリント小教区と同様に、数多くの宗教騎士団が警備しており、その他にも、都市から派遣された衛兵や傭兵も配備されている。広大な都市を魔物から護るため、あらゆる兵力をかき集めたような感じだ。
「はあ、ようやく一息つけるな」
今回の現場は、魔物がゴブリンしかいなかったため、過去の現場と比べると、さほど危険な現場ではなかった。しかし、いかんせん竜が巨大だったため、竜骨回収に想像以上の時間が掛かってしまった。その上、途中でゴブリンに見つかり、連中の警戒が高まったことで、一ヶ月も現場が止まり、結果、回収に三ヶ月もの時間を要してしまった。
通常、大型の竜であっても、一ヶ月もあれば回収できるのだが、今回は、ひときわ巨大な上、トラブルも重なったため、回収にかなり手こずってしまった。
竜骨回収業務に携わって二年。ここまで時間が掛かったのは初めてだ。
三ヶ月分の疲労が、一気に圧し掛かってくる。
今回は、さすがに疲れた。
まあ、金目当てに竜を殺しまくっている、あの勇者には、俺たちの疲労感など微塵も伝わらないのだが。
そう考えると、毎度の如く、腸が煮えくり返ってくる。
「さあーてと、お休みは、何をしよっかなぁ~」
隣でルピナスが、嬉々として言った。
緊急の回収要請がなければ、現場終了後は、それなりに休暇を取ることができる。次の現場にもよるが、大体、二週間くらいは休める。
休暇は、異世界生活において最大の楽しみだ。
「ワシは、研究と授業のため、明日には王都に戻る予定じゃ」
ミーネは、冒険者を行う傍ら、その魔法知識を世に広げるため、王都の魔法大学で、教授として教鞭を振っている。長年、魔導士の育成に携わっているため、国内にいる上級魔導士のほとんどが、ミーネの元教え子らしい。
「…………」
シュタインは、入手した竜骨を里へと持ち帰り、休暇を返上して、竜骨鋼の精錬と精製に力を注ぐらしい。仲間たちも、シュタインが竜骨を持って帰るのを、今か今かと心待ちにしているようだ。まさに根っからの職人集団である。
「まずは、美味しいもの食べて、買い物して、そうだ、旅行にも行こうかなぁ、きゃっ、やりたいことがいっぱいだから、どうしよう」
ルピナスが、楽しそうにはしゃいだ。
仕事中は、やたらとピリピリしているが、休みとなると、やたらとテンションが高くなる。こういう奴は、どこの職場にもいる。
「休みだっていうのに、忙しいもんだな」
俺がぼそりと言うと、ルピナスの尖った耳がぴくっと動いた。
エルフ族は地獄耳だ。
「アンタ、休みはまた、寝て過ごすわけ?」
「そうだ。すべての休暇を寝て過ごす」
休暇は、とある知り合いの領主の館で寝て過ごす。その領主が管理する領地は、ブルグント王国の最果てにあるため、とんでもない田舎だ。だが、その地域一帯は、歴史的に戦争から外れた場所にあるため、魔物が少なく、残留思念もほとんど定着していない。つまり、この世界で唯一、安眠を貪れる場所なのだ。
引退後のスローライフ地として、最有力候補地でもある。
とにかく今は、早くそこに行き、思う存分に眠りたいのだ。
「ふうん、万年睡眠不足なのは分かるけど、寝ることだけが楽しみって、なんだか悲しい人生ね」
哀れみの表情を浮かべるルピナスだが、俺は一切気にしない。なぜなら社畜にとって最大の幸福は、睡眠だからだ。何十時間も働き、精も根も尽き果て、息も絶え絶えで這いずって、冷たく湿った布団に潜り込み、そのまま気絶するように眠りに落ちる。この気持ち良さは、すべての快楽を凌駕している。
寝ること以外の幸福があるのなら、今すぐに教えて欲しい。
その時、平原の向こう側に、高い城壁が見えて来た。
ハーデブルク司教座都市だ。
今夜は、あの都市で一泊して、明日の朝には、安眠の地へと旅立つ予定だ。
考えるだけで、強烈な眠気が襲ってくる。
「ん、なんじゃ、ずいぶんと騒がしいのう」
巨大な城門の前には、長蛇の列ができている。
豪華な装飾が施された馬車が、何台も並んでいる。その近くには、煌びやかな身なりの男たちが、馬に跨り、騎士たちを従えている。
「うむ、どうやら貴族のようじゃな」
「地方都市に、これだけの貴族が集まるなんて珍しいわね」
「………」
俺はげんなりした。城門を通るには、通行許可証が必要となる。この長蛇の列は、城門にいる衛兵が、一人ひとりの通行許可証や荷物の確認しているせいだ。
ちなみに俺たちは、冒険者証明書と言うフリーパスを持っているため、国内の都市であれば、証明書を見せるだけで、どこでも簡単に出入りすることができる。
いつもであれば、コンビニ感覚で都市に入れるのだが、これだけ並んでいたら、さすがに順番待ちとなる。もし訪れたコンビニに長蛇の列ができていたら、迷わず別のコンビニに行くのだが、残念ながら、ここから一番近い都市は、歩いて三日以上かかる上、凶悪な魔物が跋扈している森を踏破しなければならない。
俺は、深い溜息を吐いた。
仕方なく、列の最後尾に並ぶ。
そもそも、何なのだ、この長蛇の列は。
有名ミュージシャンのコンサートでも開かれるのか。
すると、ミーネが、近くにいた従卒に話しかけた。
「おい、おぬし、この列はなんじゃ?」
騎士たちの荷物を整理をしながら、従卒が怪訝そうにこちらを睨んだ。
「これは、勇者さまにお会いする方々の列です」