表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/132

バランスが崩れた時、それは人間が絶滅する時だろう。

 ヴィーネリント小教区。


 聖ライン河沿いにある小教区で、国内で唯一、魔力浄化が行える場所だ。


 小教区とは、教会が支配する最小単位の土地で、聖職者を中心とした宗教的なコミュニティによって機能している領地のことだ。小数だが一般の人々も暮らしており、皆が、強い信仰心の元で生活を営んでいる。


 俺は、宗教に関してあまり詳しくないため、この国の人々が、どんな神を信仰しているのか、正直、よく理解はしていない。ただ、十字架に磔にされた聖人像や、穏やかな笑みを浮かべる聖母像を見る限り、どこかキリスト教に近いように思える。


 まあ、この国の人々が、どんな神を信仰していようと、俺たちには関係のないことだが、ヴィーネリント小教区は、宗教とは関係なく、俺たちにとって、とんでもなく重要な場所だった。


 ヴィーネリント小教区は、魔力浄化作用のある聖ライン河を管理しており、その河の水を利用して、魔力浄化のための聖水を生み出している。


 膨大な魔力の塊である竜骨は、そのまま聖ライン河に沈めても、簡単に魔力浄化することはできない。水に含まれる魔力浄化作用を極限まで濃縮した聖水でなければ、竜骨の魔力浄化は行えないのだ。そのため、小教区には、各地から優秀な聖職者たちが集い、日々、魔力浄化に用いる聖水の生成が行われていた。


「はあ、やっと着いたか」


 鬱蒼と生い茂る木々の隙間から、都市さながらの高い城壁が見えて来た。


 城門の前には、過剰なほどに武装した宗教騎士団(テンプルナイツ)が立っている。


 誰もが殺気を漲らせ、周囲を見渡している。


 この緊張感。


 いつものことだ。


 ヴィーネリント小教区には、この二年間に渡って、膨大な量の竜骨が運び込まれている。そして、それらすべてが、今も魔力浄化中だ。もし、大規模な魔物の襲撃を受け、大量の竜骨が奪われれば、もはや人間に対抗する術はない。竜化した魔物の物量攻撃に呑まれ、間違いなく人間は絶滅するだろう。


 そういった事態を防ぐため、あえてヴィーネリントを、教会にとって最小単位の支配域である小教区に定め、そこに大勢の騎士と傭兵を配備し、独自の防衛システムを築き上げている。つまり、狭い領地を、大量の兵士で護り固めることにより、ネズミ一匹すら入ることができない鉄壁の城砦を造り出しているのである。


 城門に近づくと、いかつい宗教騎士団の男が、じろりとこちらを睨んだ。聖職者の資格を持っているとは思えないほど殺気立っている。


 男が、竜骨の積まれた荷台へと視線を向けた。


 荷台には、魔封じの布が掛けられているため、竜骨を目視することはできない。


 もし、ここで魔封じの布を剥ぎ取れば、竜骨から放出される魔力を嗅ぎつけ、そこら中から、魔物どもが一気に押し寄せてくるだろう。


 宗教騎士団の男が、魔封じの布に描かれた巨大な紋章を睨むと、「通れ!」と厳しい口調で言い放った。


 その瞬間、ゆっくりと城門が開き、俺たちは縦一列となり、城門を潜った。


 城門を潜り終える途中で、大きな音を立てて門が閉まり出したので、俺とシュタインは、慌てて荷車を門の内側へと押し込んだ。


 危機管理が高いのは分かるが、どうにもモヤモヤしてしまう。


「つーか、もうそろそろ、顔パスでもいいんじゃないか?」


 竜骨の確認は、魔封じの布に描かれた紋章で判断される。ちなみにこの紋章は、ブルグント王家の紋章であり、ブルグント国民であれば、誰でも知っている超有名な紋章だ。


 城門にいた宗教騎士団の男とは、この二年間、竜骨を持ち込む際、嫌というほど顔を合わせている。もう充分に顔見知りである。それでも紋章を確認しない限り、男は絶対に通してくれない。


「顔パスできるほど、冒険者は信用されていないってことよ」


 冒険者は、異世界人、異種族、異教徒、貧困層の者たちによって、その大半が占められている。その理由は、一定の魔力さえ有していれば、誰でも冒険者になることができるからだ。この世界において、身分も種族も宗教も関係なく就くことのできる珍しい職業なのである。


 ゆえに、社会から排斥されているのも事実だ。


「魔力優性主義が聞いて呆れるな」


「魔力優性主義であると同時に、血族優性主義でもあるのよ。あたしたちのような、よそ者は、どんなに魔力が高くても、差別の対象であることには変わりないわ」


 S級冒険者であっても、容赦なく差別されるとは、現実は本当にシビアだ。


 異世界転移を果たして、チート能力を宿し、無双して、ハーレム囲って、ウハウハな日々を送るなど、いったい誰の妄想だ。現実は、差別を受け、社会に排斥されながら、危険な労働に従事する日々だ。


 と、その時、どこからともなく腹の虫が鳴った。


 シビアな日々を送っていても、悲しいかな、労働の後は、腹は減る。


「はあー、さっさと終わらせて、メシ食いにいくかぁ」


 異世界転移して、唯一の楽しみが、酒と飯だ。


 ぬるい酒とマズい飯が、人生の楽しみになってしまった。


 異世界には、それくらいしか楽しみがない。


 何とも悲しくなってくる。


 それでも、ぬるい酒とマズい飯に、早くありつくため、俺は、残された力で荷車を押した。


 小教区の中は、簡素な建物が立ち並び、狭い通りを人々が行き交っていた。その多くが聖職者で、一般人は、数えるほどしかいなかった。ヴィーネリント小教区は、通常の小教区とは違い、魔物による襲撃の可能性が高いため、民衆の数は最低限に抑えられているらしい。


 簡素な建物群を抜けると、正面に大きな教会が見えた。


 荷車を引きながら、教会へと向かうと、小教区を治める司教が出迎えてくれた。


「遠いところ、ご苦労様です。さあ、こちらへ」


 司教が、教会の裏側へと案内すると、そこは河の岸辺だった。


 遥か彼方に水平線が見えるほど、広大で悠大な河が流れていた。


 聖ライン河だ。


 傾きかけた太陽が、放射線状に光を放ち、穏やかな水面が、燦然と赤く輝いている。深い森の中に、突如として現れる茜色の煌めきは、何度見ても、その心を魅了される。それほどまでに美しかった。


「いやあ、ミーネさま、今日は、一段と、お美しく見えますよ」


 満面の笑みで司教がへりくだった。どうやら、ここにいる聖職者たちは、ミーネとは、古くからの知り合いらしく、彼女に対しては、やたらと敬意が払われている。かつて世界を統一していたニーベルゲン族の末裔にして、大魔導士の称号を持つミーネは、聖職者たちにとっても、特別な存在のようだ。


 しかし、見た目が幼女のミーネが美しいなど、おべっかにも無理がある。


「ふふん、よく分かったのう、実は、この前、新しい宝石を買ったんじゃ。なんと、この宝石は、遥か東方の島でしか採掘されない珍しい宝石で、太陽のように輝く宝石なのじゃ!」


 嬉々として、自慢の首飾りを見せつけるミーネ。


 満面の笑みを浮かべながら、うやうやしく頷き続ける司教。


 いつものくだらないやりとりだ。


 聖職者どもは、異常なほどミーネを慕っているが、その反面、宗教騎士団どもの無骨な態度には、随分と温度差を感じる。どうやら、彼らは、教皇直属の騎士団であるため、大司教の管轄下である小教区の聖職者たちとは関係性が薄いようだ。


 騎士という生き物は、主人にのみ忠誠を誓う生き物だ。すべてにおいて主人の命令が優先されるため、戦場において柔軟な判断がまったくできない。宗教騎士団も同様だ。教皇の指示通りにしか行動することができないため、小教区の司教や司祭たちと連携を取ることができないのだ。


 鉄壁の護りであっても、所詮は、烏合の衆なのである。


 司教とミーネのくだらない談笑を聞き流しながら、河岸を進んで行くと、巨大な石の壁によって、四方に仕切られた場所があった。25mプールほどの広さだ。


 ここが、聖水を溜めている場所だ。


 俺たちは、魔封じの布を剥ぎ取り、荷台を一気に傾け、聖水の満ちたプールの中に、竜骨を流し込んだ。細かく砕かれた竜骨は、ぽこぽこと泡を立てながら、仄暗い底へと沈んでいった。


 これから竜骨は、数年から数十年かけて魔力浄化が行われ、やがて、ただの骨となる。


 聖水であっても、魔力浄化には、それほどの時間が掛かるのだ。


 俺たちが最初に回収した竜骨も、まだ魔力浄化の最中だ。


 まったく安心できる状況ではない。


 ヴィーネリント小教区の護りを、さらに強固なものにしていく案も出ているらしいが、各地で魔物の活性化が進んでいる現状を考えると、小教区に兵力を集中させることは難しいだろう。


 この世界は、奇跡的なバランスの上で成り立っているだけなのかもしれない。


 そのバランスは、いつ崩れてもおかしくはない。

 

 そして、バランスが崩れた時、それは人間が絶滅する時だろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ