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安心して眠れるだけで、俺は満足なのだ。

 俺の夢には、二通りある。


 一つは、記憶に基づいた、どうでもいい夢。


 夢は、脳が記憶を整理する際に、断片的に見る記憶だと言われている。


 人間は日々、膨大な情報を、無意識に記憶として脳に取り込んでいるため、脳が処理しきれなかった記憶や、溢れてしまった記憶を、睡眠時に整理して、取捨選択しているらしい。


 その時に見る記憶の断片が、夢ということだ。


 記憶の断片をランダムに見るため、繋がりもなければ、意味もない。


 夢とはそういうものだ。


 そんなどうでもいい夢を、わざわざ映像化して、一晩中スクリーンで流されるのだ。見る側は、たまったものじゃない。


 だが、このどうでもいい夢は、俺の記憶で作られているため、内容は退屈だが、安心して見ることができる。


 問題は、もう一つの夢のほうだ。


 それは、残留思念が流れ込んだ夢だ。


 そのほとんどが、悪夢だ。


 俺は、眠った場所によって、見る夢が変わる。


 自分の部屋で眠った場合は、記憶に基づいたどうでもいい夢を見る。


 自分の部屋には、自分の残留思念しか残っていないため、夢では記憶として処理されるようだ。


 しかし場所が変わると、その場所に定着した残留思念が、夢となって現れる。


 しかも、そのすべてが、負の情念を元にして映像化される。


 残留思念が定着していなければ、記憶に基づいたどうでもいい夢を見るのだが、残留思念が定着していた場合、それらは夢に流れ込んで、映像となってダイレクトに流される。


 その場所に定着する残留思念が強いほど、その映像は強く鮮明に映し出される。


 残留思念の強さは、負の情念の強さに比例する。


 怒り。憎しみ。悲しみ。苦しみ。


 こういった負の情念が、強ければ、強いほど、スクリーンに映される映像は、壮絶さを増していく。


 トラウマ級の映像も珍しくはない。


 だが、現実世界では、残留思念を視ることはできないため、その場所に、どういった残留思念が定着しているのかは、寝てみないと分からない。


 事件や事故の現場であれば、ヤバイ残留思念が定着しているのは明らかだが、何の変哲もない場所から、残留思念を読み取ることは、かなり難しい。その場所で過去に起こった事件や事故の痕跡を探すところからスタートしなければならない。下手すれば、その土地の歴史も解明していく羽目になる。いちいち、そんな面倒なことできるわけがない。


 だが、それぐらい警戒していかないと、とんでもない目に合うのは事実だ。


 これは、大学時代、学生寮で体験したことだ。


 その学生寮は、建物の構造が明らかに不自然だった。


 玄関を入ってすぐ、壁に受付窓のようなものがあり、その先に、やたらと広いスペースがあった。白いコンクリートの壁に、リノリウムの床。居室は、異様なほど縦に長く、奥に小窓が一つあるだけだった。


 建物中央にある中庭は、昼間でも薄暗く、雑草が生い茂り、その中に、ぽつんと朽ち果てた木製のベンチが置かれていた。中庭の出入口は、固く施錠されていたため、学生が中に入ることはできなかった。


 当時、貧乏学生だった俺は、格安の家賃に魅かれ、学生寮を選んだが、それが悪夢の始まりだった。


 この学生寮は、戦時中に造られた病院だった。


 スクリーンには、毎晩のように、空襲警報が鳴り響き、凄まじい爆撃音とともに、血塗れの人々が次々と運び込まれ、途切れることなく治療や手術が行われていた。まともな医療器具もない時代だ。麻酔すらなかったのかもしれない。院内には、悲鳴や怒号が、絶え間なく響いていた。空襲のたびに、多くの患者が死んでいくため、院内に死体を安置する場所がなくなり、中庭に死体が山のように積み上げられていった。やがて死体は中庭を埋め尽くし、置かれていたベンチは、死体に呑み込まれて見えなくなった。


 そんな地獄絵図を一晩中見せられた。


 うっかり、うたた寝した時も、容赦なく映像は流れた。


 さすがに気が狂いそうになった俺は、逃げるように寮を出て、片道二時間半かけて、自宅から大学に通うことにした。


 そんな体験が影響して、就寝場所は、自分の部屋に徹底した。泊りの旅行には絶対に行かず、仕事も出張や転勤のない会社を選び続けた。


 徹底して、自室以外では眠らないようにしていた。


 24時間営業のスーパーマーケットでは、従業員は休憩室で仮眠を取っていたが、俺は、意地でも自宅に戻って仮眠を取っていた。あんな不特定多数の人間が出入りしている場所で眠れば、とんでもない悪夢にうなされることは明らかだったからだ。


 それほどまでに、俺は、就寝場所に神経を尖らせていた。


 だが、異世界に来てからは、宿生活が当たり前となった。


 不特定多数の人間が出入りしている宿屋で眠るしかなった。


 もう、諦めるしかない。


 実際、残留思念が定着しているケースは、それほど多くはない。だが、殺伐とした世界ゆえに、やはり悪夢を見せられることもある。そのため、始めて訪れる宿屋は、必要以上に警戒してしまう。最悪一睡もできない時もある。


 そんなことも相まって、俺の睡眠不足は、より深刻さを増してきている。


 やはり、早々に仕事をリタイアして、残留思念の定着していない平穏な土地へと移住しなければ、この身体が持たない。


 とにかく、安心して眠れる場所。


 安心して眠れるだけで、俺は満足なのだ。

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