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異世界で寝たら、異世界の夢を見るのか。

 どうやら、この世界は、馬車には、貴婦人と重量物くらいしか乗らないらしい。王族や貴族であっても、男は馬に乗って移動するのが当たり前のようだ。


 乗ってみて、その理由がよく分かった。


 馬車は、ありえないほど揺れる。


 そもそも、この中世ヨーロッパ風味の世界で、道が舗装されているわけがない。基本は、砂利と石灰を撒いただけのデコボコ道だ。これでもマシな方で、田舎に行けば、土を踏み固めただけの、あぜ道しかない。


 そんな酷道を、自動車ではなく、馬車で進むのだ。地面からの衝撃は、ダイレクトに尻に伝わってくる。


 馬車の中は、俺と司教だけだ。部下である司祭たちは、後方から馬に乗ってついてきている。司教も馬車に慣れていないのか、終始、険しい表情を浮かべている。


 司教たちは、俺たち異世界人が、馬に乗れないことを知っているようで、仕方なく馬車を用意したみたいだ。しかし、これほどまで乗り心地が悪いとは思わなかった。RPGゲームでは、使用しない仲間を、当然のように馬車で待機させていたが、現実では、どう考えても不可能だ。果てしない旅路の中で、慢性的な腰痛と、重度の痔を患って、リタイアするに違いない。


 馬車は平原を抜けると、深い森の中へと入っていった。この世界は、都市や領地、またその周辺にだけ平原が広がっており、大半は森に覆われている。つまり平原は、人間の手によって整備された状態であり、人間の手が及ばない地域は、完全に森に覆われているのである。


 馬車の窓から、ふと、外へ視線を向けると、鬱蒼と茂る木々の隙間から、無数の赤い光がこちらを見ていた。


 当時の俺は、この光が何なのか、よく分かっていなかったが、光の主は、紛れもなく森に潜む魔物だ。


 都市や領地の周辺で、平原が維持されているのは、魔物が棲みつきにくい環境にするためだ。


 RPGゲームでは、平原で魔物に遭遇するのが当たり前だが、この世界では、魔物は、森や山、洞窟などに棲息しているため、平原で遭遇することは滅多にない。実際、異世界転移した直後、わけも分からずに平原を歩いていたが、魔物に遭遇することはなかった。


 そもそも、この世界は、RPGゲームの世界とは違い、圧倒的に平原が少ない。どこもかしこも森に囲まれており、森の中に、ポツン、ポツンと、街や村がある感じだ。


 森の中は、平原とは比べ物にならないほどの悪路だった。


 森を伐採して道を造るには、そこに潜んでいる魔物を排除しなければならない。つまり、騎士や傭兵、冒険者たちで魔物を討伐しながら、土木工事を行っていくのだ。そんな危険極まりない状況下で、まともな道などできるわけがない。


 森の中を走る一本道には、倒れた木々の破片や、切株を抜いた時の穴が、そこら中にあった。


 森の奥からは、赤い光がしきりに点滅している。だが、襲ってくる気配はない。どうやら随伴している司祭たちが、魔物除けに聖水を振りまきながら進んでいるため、近寄ることができないようだ。


 上下に激しく揺れる馬車の中、凄まじい身体の痛みと、今にも酔って吐いてしまいそうな状況にもかかわらず、睡魔は容赦なく襲ってきた。万年睡眠不足の俺にとって、馬車の揺れなど、ゆりかごのようなものだった。


 そして、異世界であっても、スクリーンの幕は上がる。


 俺が転移した国は、ブルグント王国と呼ばれる長い歴史を持つ国だった。


 ブルグント王国は、1000年に渡り、隣国との戦争を続けていた。


 北の大国、ニーダーラント王国。


 今から1000年前、ブルグント王国の当時の国王、グンターが、臣下のハーゲンと共に謀略を企て、ニーダーラント王国の国王であり、大英雄でもあるザイフリートを暗殺し、《ニーベルゲンの財宝》を奪ったことが、戦争の発端となった。


 スクリーンには、ブルグント王国とニーダーラント王国の戦争の歴史が、ダイジェストで流れ続けている。


 一体、誰が、何のために、この映像を見せているのか分からないが、途中退場は許されないため、俺は、ぼんやりとその映像を見ていた。


 1000年前の世界は、地平線の彼方まで平原が広がっていた。


 その平原の真ん中で、ブルグント軍とニーダーラント軍の兵士たちが、激しい戦いを繰り広げていた。


 平原を埋め尽くすほどの兵士の数が、この時代の人口の多さを物語っていた。また、戦場には、見慣れない兵器が、いくつも配置されており、それらが戦争の主軸を担っていた。


 どうやら1000年前は、今よりも遥かに文明が発展していたようだ。


 そして、映像を見る限り、魔物の姿はどこにもない。


 魔物の出現は、これよりも後の時代となる。


 両国とも、戦争が長期化していくに連れて、徴兵による労働力不足が慢性化していき、食糧不足が深刻化していった。


 そこで両国は、労働力を確保するため、世界中から大量の奴隷をかき集めていった。その大半が、異種族や異教徒だった。その後、彼ら奴隷を使って、国中の森を焼き払い、大規模な開墾を進めていった結果、各地に広大な農地が生まれ、慢性的な食糧不足は解消された。


 だが、この選択が、悪夢の始まりとなった。


 森を焼き払い、大規模な開墾を行ったことで、森に棲んでいた動物や妖精、そして異種族たちは、棲み処を失い、平原へと放り出されてしまった。豊富な食べ物に満ちていた森とは違い、平原には食べる物がほとんどなかったため、森を追われた者たちは、飢餓に苦しみながら、次々と死んでいった。


 しかし、そんな中、しぶとく生き残る者たちが出現した。


 スクリーンには、平原で兵士たちの死骸を漁る、動物や妖精、異種族の姿が映った。


 死体を無心で漁る獣たちの中に、ゴブリンの姿もあった。彼らは、肉、内臓、そして骨まで貪り、飢えを凌いでいた。そんな中、骨を噛み砕いて、髄液を啜る者が現れた。


 髄液には、魔素が含まれている。


 獣たちは、魔素を体内へと取り込み、魔物となった。


 魔素を啜った獣たちは、異形へと姿を変え、さらなる魔素を求めて、人間を襲うようになった。


 魔物の数は、瞬く間に増加していき、やがて国家を脅かす存在となっていった。


 その結果、ブルグント王国とニーダーラント王国の戦争は、一時停戦となり、両国は、魔物との戦いへと突入していった。しかし長年の戦禍により、両国ともに国力は著しく疲弊していたため、爆発的に増加する魔物への対処が遅れ、双方の国家は、瞬く間に衰退していった。


 大陸中に魔物が跋扈するようになり、都市や領地の要塞化が進んでいき、人々の往来は極限まで制限されていった。やがて整備されていた平原や、開墾された農地が、次々と放置されていき、代わりに森の浸蝕が加速度的に進み、大陸は、数十年ほどで森に呑み込まれてしまった。


 そして、現在に至る。


 こんな感じの歴史が、ダイジェストでスクリーンに流されていた。


 当時、異世界転移したばかりの俺には、これが何の映像なのか全く分かっていなかった。


 異世界で寝たら、異世界の夢を見るのか。そんなことを漠然と思っていた。


 そんなブルグント王国の千年歴史絵巻を無理やり見せられながら、馬車は王都に到着した。

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