異世界デビュー。
ようっ、エイミ、調子はどうだ? もう、だいぶん、元気になったんじゃないのか?」
真っ白な歯を見せながら、ハヤトが出迎えてくれた。
「まあ、ボチボチかな……」
ヴェスト村に来たばかりの頃は、まだ、軽い禁断症状に悩まされていたが、今は、それもほとんどなくなった。これも、激マズ聖水を飲み続けたおかげだ。
「悪いが、腹減ったんで、何か恵んでくれ」
「ハハハッ、毎日、毎日、ウチに飯を漁りに来て、まるで野良犬みたいだな!」
「それ、完全に悪口だぞ」
「ハハハッ、そういえば、オレたちが子供の頃は、近所に野良犬がウジャウジャにいたよな。放課後、みんなで鬼ごっこしてたら、どっかから勝手に混じってきて、しつこく追い回してこなかったか? それで、追い払おうとしたら、急に、唸って向かって来るし、触ろうとしたら、噛みついて来るしで、大変だったよな。そういえば、アイツらに噛まれたら狂犬病になるって、よくオカンが言ってなかったか? 覚えてるか?」
「昭和の野犬の話はいいから、さっさと飯をよこせ」
話の通じない友人に苛立ちを募らせていると、奥から、シャルロッテが出て来た。
「あらあら、二人とも楽しそうね」
笑顔を浮かべる彼女の胸には、小さな赤ん坊が抱かれていた。
先月、生まれたばかりの、ハヤトとシャルロッテの子供だ。
シャルロッテの胸の中で、すやすやと気持ち良さそうに眠っている。
男の子らしく、どことなくハヤトに似ているような気がする。
「はあ、年収180万の元社畜が、異世界に転移して、騎士になって、美人の妻を娶って、息子まで授かるとは、ホント、サクセスストーリーだよなぁ。俺たちの世界じゃあ、ぜったいにありえなかったことだもんなぁ……」
ブラック企業における社畜の末路は、精神崩壊、過労死、孤独死の三択しかない。
「ハハハッ、まさか異世界デビューするとは思っていなかったな」
「異世界デビューかぁ、うらやましいね」
「いやいや、何を言っているんだ、エイミ。お前には、ルピナスさんがいるだろ」
ハヤトに言われ、胸がドキッと高鳴った。
「あっ、いや、ルピナスとは、単なる職場の同僚で、そんな関係ではないんだが……」
すると、シャルロッテがくすくすと笑い始めた。
「単なる職場の同僚が、わざわざ、こんなへんぴな村まで、お見舞いに来るはずないでしょ」
「へ? お見舞い?」
俺は、素っ頓狂な声を上げた。
「あら? もしかして、まだ、会ってないの?」
シャルロッテとハヤトが顔を見合わせた。
「何のことだ?」
「ついさっき、ルピナスさんが、ウチに来たんだよ。お前の見舞いに行く途中、挨拶がてら、立ち寄ってくれたんだ」
「そ、そうなのか?」
俺は、動揺を抑えながら、小さく答えた。
ルピナスが、ヴェスト村に来ている。
そう考えるだけで、胸が大きく高鳴った。
「彼女さ、息子を見てテンション爆発しちゃって、ホント、嬉しそうに息子を抱っこしてたよ。息子もキャッキャッはしゃいじゃってでさぁ、いやあ、本当に楽しそうだったなぁ」
「この子も、はしゃぎすぎたのね。ぐっすり眠っちゃって。ルピナスさんは、この子の寝顔を見てから、エイミさんのところへ向かったわ」
「そうだったのか……」
俺は、小さく首を傾げた。
「でも、ここに来る途中、会うことはなかったな……」
俺の仮住まいの屋敷から、ハヤトの屋敷まで一本道だ。
道中で、必ず鉢合わせるはずなのだが。
あっ、とシャルロッテが声を上げた。
「もしかすると、エイミさんのお見舞いに、お花を摘みに行ってるんじゃない?」