俺は、王都までの馬車の中で、爆睡することに決めた。
「ひゃほう、オレもA級冒険者だっ!」
異世界転移してきた元ニートの二人が、飛び上がって喜んでいる。
その様子を見ていた俺と、もう一人の元社畜は、未だ、状況を理解できずにいた。
どうやら冒険者は、魔力量に応じてランク分けされており、魔力量が多い順に、S級、A級、B級、C級に分けられるらしい。異世界転移者は、やたらと魔力量の多いため、ほとんどがA級冒険者に認定されるらしい。ちなみにB級冒険者は、獣人族や鬼人族などの異種族が多く、この世界の人間は、ほとんどがC級冒険者のようだ。
実際、元ニートの二人には、A級冒険者の称号が与えられた。
確かに、異世界転移のオッサンたちは、この世界において、チートであることに間違いないようだ。
「次、こちらへ」
司教に促され、元社畜の男が、魔法陣に向かって歩き出した。
ものすごい疲労感を滲ませながら、元社畜の男が、魔法陣の中心に立った。
瞬間、魔法陣が、勢いよく輝き始め、眩い光が、元社畜を包み込んだ。油分も水分もない白髪交じりの髪。落ち窪んだ目。扱けた頬。抜け落ちた歯。痩せ細った手足。醜く突き出た下腹。それらすべてが、皓々と光に包まれている。どうやら、この光の明るさが、元社畜の魔力量を現しているらしい。
元社畜から放たれる膨大な光の束に、思わず目を細めた。
凄まじい光の放射だ。地獄の底で這いずっていた亡者が、天国へと昇っていく瞬間を目の当たりにしているようだ。
光が強ければ強いほど、体内に宿す魔力量は多いらしい。
働いて寝るだけの日々を送っていた薄汚いオッサンから、幾条もの閃光がほとばしり、部屋中を駆け抜けていった。
「す、素晴らしい。君もA級冒険者だ。魔力の鍛錬を積んでいけば、S級冒険者も夢ではないだろう」
どうやら、同じA級冒険者でも、元ニートの二人よりも、元社畜のほうが、頭一つ抜け出しているようだ。
「では、最後、君、こちらへ」
司教が、俺を呼んだ。
元社畜と入れ替わる形で、俺は魔法陣へと向かった。
この流れからすると、俺もA級冒険者だろう。
まあ、異世界において、チートに越したことはない。
そんなことを漠然と思いながら、俺は、魔法陣の中心に立った。
刹那、描かれていた魔法陣が、不気味に揺らぎ始めた。
これまでの感じとは、明らかに違っていた。
司教の両目が、大きく見開かれているのが分かった。
次の瞬間、視界が真っ白に包まれた。
白一色の世界。
そこに、ぽつんと取り残された。
そして、俺を囲むように、四つの小さな影が、ゆらゆらと揺れながら、こちらを見ていた。
子供のような影、女性のような影、蝶のような影、蜥蜴のような影。
どこか優しく、そして温かく、それでいて厳かで、少しだけ畏れを感じさせる影。
影は次第に薄れていき、白一色だった世界も、徐々に、その色を取り戻していった。
元の世界に戻ると、司教、そして取り巻きの司祭たちも、愕然とした表情を浮かべていた。
「ま、まさか、ここに来て、ついに……」
司教が目を見開いたまま、口元を震わせた。
司祭たちは、次々と跪き、神へと祈りを捧げ始めた。中には涙を流す者さえいた。
「なんだ、なんだ、何がどうなってんだ?」
「君の魔力量は計測不能。つまりS級冒険者ということだ」
「俺が、S級冒険者?」
「さらに、四大精霊すべての加護がついている」
四大精霊?
もしかして、あの白い世界で見た四つの影のことか?
「それって、すごいのか?」
「すごいなんてものじゃない。最高階位の大魔導士でも、四大精霊すべての加護を持つ者などいない」
どうやらこの世界は、地、水、風、火の四つの元素で成り立っているらしく、それぞれの元素には精霊が宿っているらしい。それら元素を利用した魔法を生み出すには、精霊の加護が必要となるため、魔導士と呼ばれる連中は、精霊と契約を結ぶことで、その加護の恩恵を受けているようだ。だが、魔導士は、基本、一体の精霊としか契約を結ぶことができないらしく、二体以上の精霊と契約を結んでいる魔導士は、世界でもごく僅からしい。
どうやら、精霊と契約を結ぶ前から、四体すべての精霊の加護がついている奴など、伝説を辿ってもいないらしい。
子供の頃、よくプレイしていたRPGゲームでは、魔導士は、地、水、風、火、一通りの魔法が使えた記憶がある。しかし、この世界では、火の精霊の加護しかない魔導士は、火の魔法しか使うことができないようだ。つまり火属性で火耐性の魔物が出現したら、この魔導士は、完全に魔法を封じられるということだ。とんでもなくシビアな世界である。まあ、現実とはこんなものなのだろう。
「至急、王都へ連絡を! あと馬車の準備を!」
急に、周囲が慌ただしくなった。
すると、司祭の一人が、元ニートと元社畜へ近づき、「皆様は、冒険者ギルドへ案内致します」と、三人を部屋の外へと連れ出した。
「あっ、あれ? 俺は?」
「悪いが、君には、すぐに王都へ向かってもらう」
「王都?」
「そこで国王に謁見し、国王勅命のクエストを受けてもらう」
国王勅命のクエスト?
とんでもなく名誉なことなのかもしれないが、とんでもなく嫌な予感がした。
あまりにも強制的すぎる。
強制的に冒険者にされ、強制的に王様に会わされ、強制的に仕事に就かせようとしている。
切迫している感じが、ひしひしと伝わってくる。
一体、何に追い込まれているのか。
直感的に分かる。
絶対に、ろくでもないことだ。
つーか、何なのだ、この世界は。
異世界というのは、もっと自由で大らかな世界ではないのか。ここまで強制的に何もかも決められると、社畜時代と何も変わらない。
ようやくブラック企業から逃れて、異世界に転移したのだ。できれば、働かずに、のんびり、ゆっくりと異世界スローライフを送りたかったのだが、現状は、真逆の方向へと突っ走っている。
つーか、もう働くのかよ。
ついさっき異世界転移したばかりだぞ。
少しは休ませろ。
いやだ、もう働きたくない。
もうウンザリだ。
よし、いっそ逃げるか。
チート能力を駆使して、地の果てまで逃げるか。
そう考えたが、どこに逃げればいいのか。
無一文のオッサンが。
あと、そんな気力は、もう残っていない。
数時間前まで、不眠不休で働いていたのだ。
だが、魔力とやらの影響なのか、身体の調子はすこぶる良い。学生の頃のように軽く、力も体力もみなぎっている。それでも、精神の具合はあいかわらず悪い。長年にわたる強制労働により、精神は、極限まで摩耗し、擦り切れ、千切れかけているため、猛烈な睡魔ばかりが襲ってくる。
とにかく今は眠りたい。
すぐにでも眠りたい。
でも、悪夢を見るかもしれない。
それでも、とにかく今は眠りたい。
ここはもう異世界だ。
どう足掻いても、悪夢から逃れられない。
はあ、もう、どうでもいいや。
俺は、王都までの馬車の中で、爆睡することに決めた。