なあ、無関心な神様よ。
深い森の中に、コバルトブルーの湖が広がっていた。
その畔に、一匹の竜が、身体を丸め、静かに寝息を立てている。
森の若葉を散りばめたような、黄緑色の小さな竜。
燦々と降り注ぐ陽光が、水面に反射して、きらきらと輝く。
穏やかに眠り続けている竜の背に、小鳥たちが止まり、楽しそうに囀っている。
そこに、空から一匹の獣が下りて来た。
猛禽の翼と獅子の身体を持つ獣。
聖獣グリフォンだ。
眠り竜の瞼が、ゆっくりと開く。
宝石のような瞳が、優しげに細められた。
グリフォンが嬉しそうに鳴いた。
ただいま。
眠り竜も嬉しそうに眼差しを向けた。
おかえりなさい。
そう、聞こえた気がした。
グリフォンは、おもむろに近づくと、小さく羽根を畳み、母の身体に寄り添った。すると眠り竜も、尻尾を静かに回して、息子の身体を優しく包み込んだ。
コバルトブルーの湖面に、微笑ましい親子の姿が映し出された。
それは、降り注ぐ陽光によって、きらきらと輝いていた。
窓から射す光の眩しさに、俺は目を覚ました。
目尻を手のひらで拭い、ゆっくりと身体を起こす。
ふと、ベッドの傍らに置かれたテーブルに目を向ける。
花瓶に刺さった黒い羽根が、風でくるくると回っていた。
グリフォンの羽根だ。
「いなくなっても、俺の夢には、ずっと出てくるんだな」
残留思念なので当然なのだが、眠り竜とグリフォンの夢を見るたび、胸が圧し潰されそうになる。いっそ、この羽根を捨ててしまえば、この悲しみから解放されるのではないかと思ったが、俺の記憶には、二匹の物語が鮮明に刻まれているため、そう簡単には解放してはくれないだろう。
この二匹の物語は、深いトラウマとなって、俺の中で、ずっと流れ続けるだろう。
この記憶を昇華できる日は、いつになるのだろうか。
遠い未来まで、この記憶を抱えて生きていくのだろうか。
そう考えると、憂鬱になってしまう。
それでも今は、眠り竜とグリフォンが、天国で幸せに暮らしていることを心から願いたい。
なあ、無関心な神様よ。
毎日、祈ってやるから、せめて天国では、この親子を幸せにしてやってくれ。
信仰心の欠片もない俺だが、この親子の行く末だけは、神に祈るしかなかった。
俺は、神様に祈りと捧げると、大きく深呼吸をした。
ほのかに香る緑が、鼻孔を刺激した。
やはり田舎は、空気がおいしい。
ふいに、腹の虫が鳴った。
病み上がりでも、腹は減る。
窓の外を見上げると、太陽は、真上に差し掛かっていた。
「ハヤトの家に行って、メシでも恵んでもらうか……」
俺は、花瓶の羽根を見ながら、その横に置かれた小瓶を手に取った。
小瓶の中には、これでもかってほどに濃縮された聖水が入っている。
これが、とんでもなく苦い。
せんぶり茶に、ありとあらゆる漢方薬を混ぜて、その苦み成分だけを抽出して、熟成して、腐らせたような味だ。
とにかく苦いのだ。
憂鬱になりながらも、聖水を喉に流し込んだ。
初日は、盛大にリバースしたが、二か月も飲み続ければ、不思議と慣れてくるものだ。
だが、慣れても、とんでもなく苦い。
この苦さに慣れることは、未来永劫ないだろう。
あと、ゲップには要注意だ。