社畜をナメんなよ!
赤帽子の王は、こちらをじっと伺っている。
不気味な異質さを、より濃く感じる。
他の赤帽子とは、明らかに格が違う。
これが、英雄の風格なのだろうか。
俺は、王に向かって、静かに歩みを進めていく。
周囲にいる赤帽子たちは、俺のことを、遠目で見たまま、一切、動く気配がない。
当然だ。圧倒的な魔力差に加えて、地上最強の屠竜武器を装備しているのだ。近づいたところで犬死にするだけだ。
赤帽子の王が、俺に向けて、ゆっくりと両手を突き出した。そして、指先をくねくねと動かし始めた。
傀儡魔法を発動したのだろう。
だが、今の俺には、糸が触れる感覚すらない。
竜属性は相殺できても、俺との魔力差は埋めることができないようだ。
それでも王は、必死で指を動かしている。
そんな様子を、周囲の赤帽子は、固唾を飲んで見守っている。
英雄の力を信じ、祈っているように見えた。
王の顔が、醜く歪んだ。
竜骨を齧り、聖職者と貴族の魔素を大量に取り込み、さらには、勇者の魔素と魂を取り込んでいるにも関わらず、俺との魔力差が歴然だということを知り、絶望しているのだろう。
俺は、赤帽子の王の前に立ち、静かに見下ろした。
深紅の目玉が、ギョロリとこちらを見上げた。
自慢の帽子からはみ出ている長い毛が、汗でぐっしょりと濡れている。
「よう、英雄、現実で会うのは初めてだな」
赤帽子の王は、俺を睨み続けている。
「勇者を喰ってくれたことに関しては、礼を言っとく。アイツの存在は、この世界において災いでしかないからな。ただ……」
俺は、力なく、地面にうずくまっているシュタインを一瞥した。
腹の底が、猛烈に熱くなった。
俺は、この世界に対して無関心だ。この世界がどうなろうと知ったこっちゃない。この世界を背負う気もさらさらないし、この世界を救おうなんてこれっぽちも思っていない。
正直、この世界のことなど、どうでもいい。
だが、自分の職場の同僚、いや、仲間が傷つけられたことに、猛烈に腹が立った。
ルピナス。
ミーネ。
シュタイン。
三人とも、俺の大切な仲間だ。
そして、数多の修羅場を潜り抜けて来た戦友だ。
そんな仲間を傷つけられたことが、どうしても許せなかった。
「ずいぶんと、ナメたマネしてくれたな……」
一瞬、赤帽子の王が、戦慄するのが分かった。
俺は、仕事において、無関心だとは一度も思ったことはない。
仕事に無関心な社畜など、この世にはいない。
俺は、この世界には無関心だが、仕事は命懸けでやっている。
それが、社畜だ。
「社畜をナメんなよ!」
俺が、バルムンクを振りかざすと、赤帽子の王は、すかさず帽子の中から竜骨を取り出し、牙を突き立てて、齧りついた。
「テメエがドーピングするのは、始めっから、分かってんだよっ!」
俺は、ふところに手を伸ばし、竜骨を引っ張り出した。
竜骨には、深い歯型がついていた。
俺の歯型だ。
俺は、思いっきり竜骨にかぶりついた。
蠱惑的な甘さが口の中に広がり、肉体を凄絶な快楽が駆け抜けた。
まさに麻薬である。
そして、爆発的に魔力が増える感覚に襲われた。
赤帽子の王が、斧を振り上げて襲い掛かって来た。だが、所詮は下等な魔物。相変わらず隙だらけだ。どれほど魔力が高くても、戦う術がなければ、獣と何ら変わらない。まあ、俺が偉そうに言える立場ではないのだが。
俺は、タイミングを合わせて、がら空きの胴体を狙って、バルムンクを一閃した。
横なぎに放った渾身の斬撃は、赤帽子の王の腹部を捕らえ、横一文字に両断した。
赤帽子の王は、呻き声を上げながら、分かれていく肉体に、眼球を剥き出しにしていた。
斬り払われた断面からは、鮮血がほとばしり、微かな光の粒子が舞った。勇者の魂が、残滓となって散っているのだろう。異世界で好き放題した揚げ句、魔物に喰われ、魂を囚われ、結果、魔物とともに魂は消滅。自業自得ではあるが、哀れな末路である。
俺は、握りしめている竜骨に視線を落とす。
途端、深い溜息がこぼれた。
「あーあ、やっちまった……」
俺は、魔物に堕ちてしまった。