俺は、とんでもなく往生際の悪い男だ。
人間が絶滅した時、ニーベルゲンの呪いは解かれる。
「どちらにしても、俺たちの存在は、消えてしまうってことだな」
「そうね。事実、人間は緩やかに絶滅へと向かっているわ」
国家間の戦争。魔物の出現。森の浸蝕。魔王軍の侵攻。そして《竜骨生物群集帯》の発生。
人間を取り巻く状況は、明らかに破滅へと向かっている。
「お前は、人間の絶滅を望んでいるのか?」
クリームヒルトが曖昧に笑った。
「いいえ、別に望んではいないわ」
「ん、なぜだ? お前は、ニーベルゲンの呪いなんだろう?」
「ニーベルゲンの呪いは、大樹のようなもの。私は、その枝先に咲いた花にすぎないわ。時が来たら散る運命にある儚い存在よ。だから、私の意思なんて、幹や根の意思に比べたら些細なものなの」
どこか、悲しげな表情を浮かべるクリームヒルト。
「だったら、お前は、なぜ存在しているんだ?」
その言葉に、一瞬だけ、彼女の瞳が大きく開いた。
そして、どこか照れた様子で、小さく口を開いた。
「私は、もう一度、愛する人に会いたいだけ……」
愛する人。
亡き夫、ザイフリートのことだろうか。
「愛する人、か……」
最初に頭に浮かんだのは、ルピナスの顔だった。
彼女への想いが揺らぐことはない。彼女の力になりたい。彼女を護っていきたい。この気持ちは、紛れもない真実だ。
次いで、頭に浮かんだのは、ミーネとシュタインだ。二人ともかけがえのない仲間だ。二人の力になりたい。二人を護っていきたい。この気持ちも、紛れもない真実だ。
ルピナス。
ミーネ。
シュタイン。
三人がいたから、俺は、この異世界で、生き抜くことができた。
三人には、心の底から感謝している。
こんな、うだつが上がらないオッサンを助けてくれて、支えてくれて、本当にありがとう。
だから、三人の力になりたい。三人を護っていきたい。
俺の存在が、仮初であって、その存在が消え去る運命だとしても、消える、その瞬間まで、三人の力になりたい。三人を護っていきたい。
いや、絶対に護る。
俺が、三人を護る。
俺は、意識の覚醒が近いことに気付いた。
おもむろに席から立ち上がる。
「お別れみたいね」
クリームヒルトが言った。
「ああ、みんなを助けに行ってくる」
「そう」
ふふっ、とクリームヒルトが笑った。
「なあ、クリームヒルト」
「なに?」
「お前の言う通り、俺は、無関心な男だ。はっきり言って、この世界がどうなろうと知ったこっちゃない。だから、この世界を背負うつもりはないし、この世界を救うつもりもさらさらない。だが、立ちはだかる敵には、抗うつもりだ。抗って、抗って、抗い続けるつもりだ。悪いが、俺にできることはそれくらいだ!」
クリームヒルトが婉然と笑った。
「やっぱり貴方も、利己的な異世界人ってことね」
「ああ、そうだな」
「それで、戦う術を持たない貴方が、どうやって抗うのかしら?」
「そうだな、俺は、魔力が高いだけで、剣も魔法もからっきしだからな。どう足掻いても、シュタインの攻撃を避けることはできない。それに――」
俺は、スクリーンに視線を向けた。赤帽子の王の食事は、今も続いている。不気味な咀嚼音が、館内に響き、噛まれ、引き千切られるたびに、勇者の身体が小刻みに痙攣している。気の毒だが、まだ生きているようだ。
「あの野郎、ドーピングしまくって、俺よりも魔力が高いときている。これはもう、完全なムリゲーだ」
「じゃあ、戻っても、犬死するだけじゃないの?」
「いや、そうとは限らない」
俺は続ける。
「なぜなら、俺が子供の頃に遊んでいたテレビゲームは、決まってクソゲーでムリゲーだった。何をどうやってもクリアできないゲームだらけだった。そんなストレス全開のゲームを、娯楽として遊んでいたんだ。頭おかしいだろ? まあ、当時は、呆れるほど娯楽が少なかったからな」
俺は続ける。
「だけどクソゲーってのは、大体、裏技ってやつがあって、裏技ありきで、クソゲーに挑んで、クリアするのがセオリーだった」
クリームヒルトは、黙って耳を傾けている。
「だが、裏技を駆使しても、そう簡単にクリアできないのがクソゲーだ。そこで必要となるのが、往生際の悪さだ。何十回、何百回と、しつこいほどに繰り返して、クリアを目指す。この往生際の悪さが、クソゲーをクリアするには必要なんだ」
俺は小さく息を吸った。
「クソゲーをクリアできるのは、とんでもなく往生際の悪い奴だけだ」
すると、クリームヒルトが、婉然と微笑んだ。
「それで、貴方はどうだったの?」
俺は、口の端をつり上げ、ニッ、と歯を見せて笑った。
「俺は、とんでもなく往生際の悪い男だ」