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世界が正常に戻る時。

「俺たちの無関心が、神様と似ている?」


 意味が分からず、俺は眉をひそめた。


「基本、神様は人間に対して無関心なの。人間が繁栄しようが、滅亡しようが、神様にとってはどうでもいいことなの。だけど、神様は、人間の信仰心によって存在しているから、人間が神様を信じなくなれば、神様は存在しなくなるの。つまり、この世界から消えてしまうの。だから、人間が祈ったり、願ったりした時のみ、神様は仕方なく、その力を与えているの。人間なんてどうでもいいけど、自分の存在が、世界から消えてしまうのが嫌だから、仕方なく人間を助けているだけなの」


「魔導士の精霊魔法も、聖職者の祝福も、信仰心と引き換えに、その力を与えているってことか……」


「そう、貴方たちと似ているでしょ?」


 ぐうの音も出ない。


 世界を救えるほどの力を持っておきながら、率先して世界を救うようなことはしない。俺自身、報酬と引き換えに、クエストを通じて救うことしかしない。他の奴らに至っては、自分たちに実害が及ばない限り、動こうともしない。なぜなら、皆、この世界の人間がどうなろうと知ったこっちゃないからだ。


 そう、無関心だからだ。


「貴方たちが、この世界に対して無関心なのは、仕方のないことだと理解しているわ。だって、そもそも、貴方たちは、この世界の人間じゃないから。ただ、一つだけ知っていて欲しいのは、貴方たちは、この世界が必要としているから、存在しているだけであって、世界から必要じゃないと判断されれば、消えてしまう存在なのよ」


「存在が、消える……?」


「貴方たちは、この世界に存在していなかった異質な存在だから、世界が正常に戻れば、おのずと貴方たちの存在は消えていくはずよ」


 世界が必要としているから、存在している。そして、世界が必要としなくなったら、存在は消える。どういうことなのか、全く意味が分からない。


 世界とは、一体何なのだ。


 俺は、前の世界で死んで、この世界に転移してきた。


 死んだはずなのに、肉体を持って、この世界に転移してきた。


 この違和感は何だろう。


 自分が生きているのか、死んでいるのか、よく分からなくなってきた。


 もしかすると、俺の存在は、とっくの昔に失われていて、この世界に存在している俺は、仮初の存在なのかもしれない。


 何だよ、それ。


 あーもう、ぜんぜん分からん。


 その時、スクリーンの映像が切り替わった。


 そこには、あまりにも無残な姿をさらした勇者が映し出された。


 繰り返し皮を剥がされたせいか、全身は黒ずんで、皺や凹凸だらけになっていた。顔面は焼け爛れたように潰れており、もはや誰なのかも分からない。


 手足が微かに痙攣しているのが見えた。


 どうやら、まだ息はあるようだ。


 すると、皮を剥ぐことに従事していた赤帽子レッドキャップが、急に鉈を振り上げ、勇者の四肢を勢いよく切断していった。激しく仰け反る勇者を、他の赤帽子レッドキャップたちが無表情で押さえつける。切断が終えると、すぐさま、壺を持った赤帽子レッドキャップが駆け寄り、薬草を切断面に塗り込んでいった。勇者の身体が千切れそうなほどによじれる。瞬間、傷口が光り輝き出し、徐々に塞がっていった。


 一匹の赤帽子レッドキャップが、勇者の傷口が完全に塞がるのを確認すると、頭と胴体だけとなった勇者を抱え上げ、王の元へと持って行った。


 赤帽子の王(レッドロード)は、勇者を受け取ると、そのまま脇腹に齧りつき、肉を引き千切り、ゆっくりと咀嚼し始めた。勇者の身体がぐねぐねと仰け反る。すかさず赤帽子レッドキャップたちが駆け寄り、頭と下半身を掴み、力任せに押さえつけた。王は、食事のペースを崩すことなく、くちゃくちゃと音を立てながら、ゆっくりと勇者を食べていく。


 赤帽子レッドキャップは、人間の三分の一程度の大きさだ。そんな小さな獣から、大きな獲物が食べられている姿を見て、ふいに、昔、テレビで見た光景を思い出した。


 カマキリが、小鳥を襲って捕食する映像だ。


 かなりショッキングな映像だったため、今でも鮮明に覚えている。


 カマキリの体長は、小鳥の三分の一程度だが、大きな鎌で、しっかりと小鳥を捕らえ、生きながらに、じわじわと捕食していたのを覚えている。


 本来は、小鳥はカマキリの天敵なのだが、小鳥が不用意に、カマキリのテリトリーである草むらなどに踏み入り、気配に気付けず、油断した時、こういった逆転現象が起こるようだ。


 こうなったら、もはや地獄である。蛇に丸呑みされるのとはわけが違う。生きたまま、自分の身体を削り取られながら死んでいくのだ。これほど残酷な、なぶり殺しはないだろう。


 まさに、今、勇者の置かれた状況がそれだ。


 魔物のテリトリーに足を踏み入れ、油断したことで、捕食されてしまっている。


 勇者は、咀嚼音とともに、自らの肉体を削り取られながら死んでいくのだ。


 哀れとしか言いようがない。


 これほどまでに苦痛に満ちた死が、果たして仮初だと言えるのだろうか。


 本当に、俺たちの存在は、仮初なのだろうか。


 俺は、深い溜息を吐いた。


 考えたところで、分かるわけがない。


「なあ、どうなったら世界は正常に戻るんだ?」


 世界が正常に戻った時、俺たちの存在は消える。


 クリームヒルトに、僅かな逡巡があった。


「それは、ニーベルゲンの呪いが解かれた時ね」


 ニーベルゲンの呪い。


 俺は、その呪いの根源を何も知らない。


「どうなった時、ニーベルゲンの呪いは解かれるんだ?」


 また、僅かな逡巡があった。


 クリームヒルトが婉然と笑う。


「人間が絶滅すれば、ニーベルゲンの呪いは解かれるわ」

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