貴方たちの無関心が、五千人の命を奪った。
「俺が、勇者よりも強い?」
「潜在的な魔力量は、貴方のほうが、圧倒的に上よ。それに、貴方には、四大精霊の加護も付いている。精霊からも、神様からも嫌われているあの男とは、雲泥の差よ」
俄かに信じられないことだが、その可能性はゼロではない。
なぜなら俺は、正確な魔力量を知らないからだ。
ふいに、ミーネの言葉が蘇った。
――やはり一度、魔法大学で、正確な魔力量の測定を受けたほうがよいぞ。もしかすると、勇者、いや、魔王よりも魔力が高いかもしれんぞ。
もし、俺の魔力量が、勇者を上回っていたら。
俺は、途方もない過ちを犯したことになる。
嫌だ、考えたくない。
もう、何もかもが手遅れだ。
「いやいや、ちょっと待て、冒険者の俺が、勇者よりも強いってなると、いろいろとおかしくならないか?」
勇者としての存在意義が揺らぐのではないだろうか。
そんな疑念を見透かすかのように、クリームヒルトが口を開いた。
「勇者の定義は、光属性であるかどうかよ。魔力量は関係ないわ。そもそも勇者の存在意義は、この世界から魔王を葬り去ることよ」
魔王の闇属性を無効化できるのは、光属性の勇者しかいない。
この世界において、魔王を斃すことができるのは、勇者だけだ。
「確かにそうだな……」
俺は、RPGゲームの影響で、勇者という称号を、勝手に過大評価していたのかもしれない。
「だから、貴方が戦う術を得ていれば、勇者を殺すことができたはず」
そう、俺は、戦う術を何も持っていない。
ルピナスのような剣術や弓術、ミーネのような魔法。そしてシュタインのような怪力を、俺は持っていない。
そもそも、戦う術を得ようともしなかった。
さっさと稼いで、異世界スローライフを送ることしか考えていなかった。
クリームヒルトが苦笑を浮かべた。
「ふふっ、まあ、貴方を責めても仕方ないわね。だって異世界人は、みんな、この世界に無関心だもの」
「どういう意味だ?」
「勇者を殺せる人間は、貴方以外にも、この国には、たくさんいるわ。みんな、貴方と同じ、異世界人よ」
「うそだろ?」
「本当よ。ただ、みんな、とんでもない変わり者でね。ブルグント王国は、魔力優性主義。勇者を超えるほどの魔力があれば、異世界人であっても、上級貴族くらいにはなれるし、ブルグント神聖教に入信すれば、司教にだってなれるわ。つまり、有り余るほどの富と権力を、一瞬で手に入れることができるの。だけども、みんな、それらを蹴って、こぞって冒険者の道を選んだ変わり者よ」
「冒険者ってことは、S級冒険者だよな。そんな奴らが、この国にいたなんて、聞いたことがないぞ」
異世界転移して二年。ルピナス、ミーネ、シュタイン以外のS級冒険者と出会ったことは一度もない。そもそも異世界人のS級冒険者など、どこのギルドを訪れても、噂すら聞いたことがない。
「言ったでしょ、みんな、変わり者なの。変人なのよ。辺境の村で農家していたり、森を開拓して村を作ったり、ハーレム囲って行商したり、ダンジョンに潜りっぱなしだったり、わざわざ他国まで出向いて、奴隷少女を買い漁ったり、一体、何がしたいのか分からない連中ばかりなのよ」
「なるほど、な……」
俺は嘆息した。
どいつもこいつも異世界ライフを満喫していやがる。
「共通して言えるのが、貴方を含め、全員が、この世界に無関心なの」
クリームヒルトの冷淡な視線が、俺の胸に突き刺さった。
「勇者にバルムンクを奪われたことで、ブルグント王は、莫大な報酬を提示して、彼らにバルムンクの奪還を依頼したわ。でも、誰一人として、応じることはなかった。なぜなら、彼らは皆、この世界に対して無関心だったから」
勇者が各地で竜を殺し回り、国中に《竜骨生物群集帯》が発生しても、自分たちに実害がなければ、どうでもいいというわけだ。そして、どんなに金を詰まれたとしても、この国の面倒事には関わりたくないというのが本音なのだろう。正直、俺も同じような考えだ。
「その結果、たった三年で、多くの竜が殺され、多くの《竜骨生物群集帯》が生まれた。そして今回、最悪の事態を迎えた」
クリームヒルトが、スクリーンへ視線を向ける。
「貴方たちの無関心が、五千人の命を奪った」
無関心という言葉が、胸に重く響いた。
確かに、俺たちは、この世界に何の思い入れもない。
いや、そもそも、前の世界でも、思い入れなど微塵もなかった。むしろ、報われない境遇を恨み、呪ってばかりいた。
結果、自分の欲望を満たすこと以外、無関心となった。
異世界転移してくる連中は、決まって、前世でうだつの上がらなかったオッサンばかりだ。
報われない境遇を恨み、呪ってばかりいるオッサンばかりだ。
そんなオッサンどもが、世界を救うために立ち上がるわけがない。
どいつもこいつも、異世界で、欲望を満たすことしか考えていない。
勇者と同じだ。
この世界に、微塵の興味もない。
すると、クリームヒルトが、嗜虐的に口の端をつり上げた。
「貴方たちの無関心って、どこか神様と似ているのよね」