どうして、この男を殺さなかったの?
昔、何気なくテレビをつけた時、ある料理番組で、カワハギという魚を調理していた。
カワハギは、調理の際、簡単に皮を剥がすことができることから、カワハギと名付けられたらしい。その名の通り、胴体に切り込みを入れ、そこから引っ張ると、ずるずると綺麗に皮が剥がれていった。
スクリーンの映像を見て、まず、思い出したのは、カワハギが調理される光景だ。
一匹の赤帽子が、勇者の首元に鉈を突き立て、そのまま一気に下腹部まで切り裂いた。勇者の両目が大きく見開かれ、口元が小刻みに揺れた。縦一文字に刻まれた傷から、薄っすらと血が滲んでいき、ぽこぽこと泡が噴き出す。すると、別の赤帽子が、皮膚の切れ目に、強引に指を捻じ込み、勢いよく、右半身の皮膚を引き剥がした。
真っ赤な肉があらわとなり、どろどろと血が滴り落ちていく。肉の下には、うっすらと白い骨が見える。
勇者は目を剥き出しにして、口をぱくぱくさせている。
勇者から剥がされた皮は、すぐさま赤帽子の王へと献上された。
王は、新鮮な血肉を受け取ると、おもむろに帽子を脱ぎ、ゆっくりと滴り落ちる血を、帽子に塗り込み始めた。
勇者は涙を流しながら、身体を上下に揺らしている。しかし、右腕に一匹、左腕に一匹、右脚に一匹、左脚に一匹と赤帽子が、がっちりと拘束しているため、身動きが取れない。
鉈を持つ赤帽子は、刃についた血液を、自らの帽子で、丁寧に拭き取っている。
皮膚を引き剥がした赤帽子は、手についた血液を、自らの帽子で、丁寧に拭き取っている。
すると、もう一匹の赤帽子が姿を現し、薄汚れた壺に手を突っ込んで、何かをかき混ぜ始めた。
不気味な水音が聞こえる。
どうやら、液体のようなものが入っているようだ。
と、その時、勇者の右半身から、柔らかな光が放たれた。光属性による自己治癒機能が発動したのだろう。すると、そのタイミングに合わせるかのように、壺を持った赤帽子が、勇者に駆け寄り、彼の右半身に向けて、壺の中の液体を、勢いよくぶちまけた。
濃い緑色の液体だ。
壺を持っていた赤帽子は、勇者に馬乗りになると、両手を使って、その液体を、右半身にもみ込み始めた。勇者の悲痛な叫びが響く。眩い光の中、濃い緑色の液体が、徐々に体内へと浸透していく。すると、止めどなく流れ落ちていた血が、ピタリと止まり、皮膚が、凄まじいスピードで再生を始めた。
「壺の中身は、薬草、か?」
驚異的な自己治癒機能に加えて、薬草を使用することで、急速に肉体を回復させようとしている。
そう、出血多量で死なないようにするため。
そして、また皮を剥ぐため。
右半身の回復と同時に、今度は左半身の皮を剥ぎ取られた。ぶちぶち、ばりっ、ばりばりっ、という聞いたことのない不快な音が、スクリーンから鳴り響く。勇者は涙を流しながら、何かを訴えているが、赤帽子たちの狂喜の叫びによって、無情にも掻き消されてしまった。
左半身の皮も王へと献上され、勇者の左半身は薬草まみれとなった。
胴体の皮が剥ぎ終わると、右脚、左脚、右腕、左腕と順番に皮を剥がされ、最後は顔面の皮を剥がされた。しかし、強力な自己治癒機能と、薬草の効果により、皮膚は瞬く間に再生されていった。
そして、再生された皮は、また剥がされ、王へと献上された。
再生しては剥がされ、再生しては剥がされ、再生しては剥がされ続けた。
繰り返される苛烈な拷問に、勇者は何度も失神し、口からは泡を噴き、下半身は血と糞尿、そして薬草の液に沈んでいた。
「えげつないな……」
悪人の末路とは、ここまで悲惨なものなのか。
「彼らにとって、魔力の高い人間の血は、特別なもの。魔力の高い人間、それは即ち、強者である証。その強者を捕らえて、屈服させ、その血を取り込むことが、勝者の証であり、英雄の証なの。気の毒だけど、この男、徹底的に搾り取られるでしょうね」
俺は、背筋が凍りついた。
俺も赤帽子に捕まれば、勇者のような拷問が待ち受けているということだ。
その時、クリームヒルトが、ねえ、と声を掛けてきた。
「貴方、異世界人なんでしょ?」
「あ、ああ、そうだが、どうして知っているんだ?」
クリームヒルトが婉然と笑った。
「この国のことで、知らないことなんてないわ」
深紅に染まる唇が、僅かに歪んだ。
「貴方は、この国に呼び出されてから、ずっと、この男の狼藉を見てきたのでしょ?」
この男。
勇者のことだ。
「そう、この、エイガカンで」
俺が黙って頷くと、クリームヒルトは、冷たく目を細めた。
「どうして、この男を殺さなかったの?」
底冷えするような彼女の声に、俺は、恐怖が込み上げた。
「もっと早く、この男を殺しておけば、こんなことには、ならなかったんじゃないの?」
「お、俺が、勇者を? そんなの無理に決まっているだろ!」
「いえ、無理ではないわ」
クリームヒルトは即答した。
「だって、貴方のほうが強いんだもの」