人間の作り出す幻想は、虚構にすぎない。
村の広場では、人間の解体ショーが行われていた。
燦々と降り注ぐ太陽の光の下、地面に磔にされた全裸の人間が、大きな鉈で、躊躇なく切り捌かれている。解体される人間をギャラリーが取り囲み、鮮血の噴水が上がると、一斉に歓声を上がった。
解体された肉は、こぶし大の大きさまでに切り分けられ、赤帽子たちに配られていった。
血塗れの肉塊を受け取った赤帽子たちは、歓喜の声を上げ、すぐさま帽子を脱ぐと、肉塊を帽子に擦り始めた。大人から子供まで、無心で血肉を帽子に塗りたくっている。やがて、肉が渇き、血が固まると、塗るのを止め、牙で肉を引き千切り、骨を引き摺り出して、へし折り、その切断面にかぶりつくと、喉を鳴らしながら魔素を啜り始めた。そして、空になった骨と、乾いた肉は、次々と井戸へ投げ捨てられた。
広場の中心にあった巨大な井戸は、死肉の捨て場だった。
一人の人間の解体が終わると、次の人間が連れて来られる。人間たちは、衣服を剥ぎ取られた状態で、広場の隅に集められ、全員が、動けないように、足首を切りつけられている。それでも逃げようとする者は、見張りの赤帽子によって、容赦なく、その場で解体されていった。
晴天の下、赤帽子たちの歓声と、人間たちの慟哭が響き渡っていた。
「もしかして、ここにいる人間は、あの時、赤帽子に攫われた人間か?」
「そうみたいね」
スクリーンを眺めながら、クリームヒルトが答えた。
ハーデブルクの住民の中で、魔力の高い者たちは、赤帽子たちによって、根こそぎ攫われてしまった。
やはり、あの放棄されていた村は、赤帽子の棲み処になっていた。
だが、まさか、これほどまでに、禍々しい宴が行われていたとは。
――そう、魔力の高い、聖職者や貴族は、魔物にとって、ご馳走だから。
クリームヒルトの言葉が脳裏に蘇る。
赤帽子に攫われた人々の多くが、聖職者や貴族だ。しかし、今は、全裸にされ、髪も激しく乱れ、顔や身体も血や泥で汚れているため、誰が誰なのか判別がつかない。
いや、無意識に、判別しないように見ているのかもしれない。
裸で集められている人間が、徐々に肌色の塊のように見えてくる。
あまりの凄惨な光景に、脳の中で防衛本能が働いているのかもしれない。
もし、見知った顔を見つけ、この大画面で解体されたら、さすがに正気を保つことはできないだろう。
人間の解体ショーは、広場の至る所で開催されており、各所で血肉が振舞われている。
燦々と照りつける太陽の下、地獄の狂宴は、延々と続けられた。
「ダメだ、もう見ていられない」
耐えきれず、視線を足元へと向ける。それでも、スクリーンからは、阿鼻叫喚の津波が、絶え間なく押し寄せて来る。もう気が狂いそうだ。
これが、人間の生存域に、《竜骨生物群集帯》が発現した末路なのか。
あまりにも、悲惨すぎる。
人間の世界は、魔力優性主義を基盤とした封建社会で成り立っている。
魔力の高い者が、魔力の低い者と魔力のない者を支配する社会だ。
そして魔力は、一族で受け継がれていくため、おのずと血族優性主義となる。
絶対的な魔力優性主義と、徹底的な血族優性主義。
地位も名誉も権力も、魔力の高い血族の元へと集まる。
とてもシンプルな仕組みだが、決して揺らぐことのない仕組みである。
なぜなら、魔力の高い者たちは、魔法を使うことができるからだ。
この世界における魔法は、近代社会に置き換えると、兵器のような存在だ。どれほど武器や防具で武装していても、魔法には歯が立たないのが現実だ。
つまり、魔法を使えない人々は、魔法を使いこなす権力者たちに対して、抗う術を持っていないのだ。
魔法は、この世界にとって絶対的な兵器なのである。
だが、《竜骨生物群集帯》は、それを、いともたやすく、ひっくり返す。
赤帽子たちによって解体されている人々は、魔力の高い権力者たちだ。
魔法によって、人々を支配している者たちだ。
だが、そんな彼らであっても、魔法の通用しない魔物の前では、あまりにも無力だった。
魔力と権力を失えば、ただの人間。
矮小で脆弱な人間だ。
そして、衣服を剥かれ、全裸にされ、切り刻まれれば、ただの肉塊へと成り下がる。
結局、人間が作り上げる組織というものは、幻想に過ぎず、人間は、その幻想によって洗脳され、支配されているだけなのだ。組織が崩壊すれば、同時に幻想も消え去り、皆、矮小で脆弱な人間に戻ってしまう。
人間の作り出す幻想は、虚構にすぎない。
スクリーンには、幻想から引き摺り出された人々が、救いを求めて嘆き悲しんでいた。
だが、幻想の外は、あまりにも残酷だった。
「そろそろ、顔を上げたら?」
クリームヒルトに言われ、何気なくスクリーンに視線を戻すと、場面が変わっていた。
十字架が映し出されていた。
村の広場から、少し離れた場所にある教会だ。
広場の喧騒が、遠くに聞こえている。
そんな教会の扉の前に、一匹の赤帽子が、片膝を立てて座っている。
そして、彼の視線の先には、全裸の男が仰向けで倒れていた。
この男の顔だけは、嫌でも認識することができた。
勇者だ。
勇者は喚き散らしながら、身体を上下に揺らしている。しかし、彼の両腕と両脚は、赤帽子たちによって、固く拘束されている。
教会の前に座る赤帽子は、じっと勇者を見下ろしている。
この異質な感覚。
紛れもなく、赤帽子の王だ。