クソみたいな映画。
気が付くと、俺は、いつもの映画館にいた。
そして、いつもの席に座っている。
スクリーンが一番よく見える、最高の位置。
いつもと変わらない上映前の風景。
ただひとつ、そこに異物が紛れ込んでいた。
「あら、おかえりなさい」
漆黒のドレスを身に纏った淑女が、俺を見て、婉然と笑った。
クリームヒルトは、観客として座っていた。
バルムンクを持っている限り、彼女は、俺の夢に現れ続けるのだろうか。
俺は、ふうっ、と静かに息を吐き出した。
すると、熱く燃え滾っていた感情が、急激に冷めていくのが分かった。
不思議なことに、ここに来ると、不気味なほど、冷静に戻ることができる。
クソみたいな映画ばかり見せる映画館だが、それでも、長年、通い続けると、実家のような安心感が生まれるのだろうか。確かに、異世界転移してから、すべての環境が激変してしまったが、ここだけは、子供の頃から何も変わっていない。
皮肉なものである。
俺は、深い溜息をこぼした。
「気絶するたび、ここに連れて来られるのは、もう勘弁してもらいたいな。さすがに今は、クソみたいな映画を見ている場合じゃないからな」
あまりにもタイミングが悪すぎる。夢で冷静さを取り戻しても、やはり現実のことは気になって仕方ない。
「あらそうなの? 今回のエイガ、わりと面白そうよ」
「はあ、面白いわけないだろ。どっかの誰かのしょうもない残留思念ばっか見せられてよ。もういい加減にしてくれって感じだ」
俺が毒づくと、クリームヒルトは口許をほころばせた。
「んで、今回は、誰の残留思念なんだ?」
「それは、見てからのお楽しみ」
クリームヒルトが婉然と笑った。
その笑みに、嫌な予感がした。
なぜなら、今回、上映される残留思念は、奴の可能性が高いからだ。
いつものように、何の前触れもなく、館内の照明が消え、スクリーンに映像が映し出された。
最初に映し出されたのは、雲一つない快晴の空だった。
群青色の空が、果てしなく続いている。
そんな美しい空の下。
悲鳴がこだましていた。
スクリーンには、見覚えのある村が、映し出されていた。
村を囲むように小さな畑がいくつもあり、その畑にそって、茅葺屋根の平屋が並んでいる。それら平屋の一番奥に、高く掲げられた十字架が見える。
間違いない。
竜骨回収に向かう途中、偶然立ち寄った廃村だ。
映像は、徐々に村の中心部へと向かっていく。
聞こえてくるのは、叫び声、泣き声、呻き声。
それらは、徐々に大きくなっていき、阿鼻叫喚へと変貌した。
とてつもなく嫌な予感がする。
思わず、クリームヒルトへ視線を向ける。
彼女は、ひじ掛けに頬杖をつき、微笑を浮かべながら、スクリーンを見つめている。
映像が、村の中心にある広場へと到着した。
そこには地獄絵図が広がっていた。