俺は、今の衝撃波を知っている。
「やっぱり、奴ら、竜骨を持っていたか……」
どうやら奪われた竜骨は、赤帽子の王が、独占しているわけではないようだ。
地面にひれ伏す、赤帽子の死体。
竜骨でドーピングしていたのか、他の赤帽子とは、比べ物にならないほど魔力が高かった。
なぜ、この赤帽子は、竜骨を持っていたのか。
「もしかして、コイツ、赤帽子の王の側近か?」
赤帽子は、一匹の王が、すべての赤帽子を統括しているイメージだったが、実際は、軍隊のような、複雑な組織を形成しているのかもしれない。戦闘に特化した赤帽子たちを、幾つかの部隊に振り分け、その部隊の隊長として側近たちを配置し、彼らに竜骨を与えれば、永続的に竜の魔力を供給できる部隊が完成する。
いわゆる竜化部隊である。
「くそっ、一体、何匹の赤帽子が、竜骨を隠し持っているんだ!」
各部隊の隊長から、すべての竜骨を奪還しなければ、竜化部隊を完全に瓦解させることはできない。
その時、頭上で、激しい奇声が聞こえた。
「エイミ、急ぐわよ、赤帽子たちが、あたしたちに気づき始めたわ!」
隊長が殺されたことで、部下たちが騒ぎ出したようだ。
俺は、散らかっていた意識を、一点に集中させる。
今、あれやこれやと思考を巡らせても、どうすることもできない。
今は、赤帽子の王を斃すことだけを考えろ。
王が討たれれば、間違いなく部隊の指揮は失われる。その瞬間が、散らばった竜骨を回収するチャンスだ。
絶対にここで、赤帽子の王を討たなければならない。
俺は、拾った竜骨を、懐に捻じ込み、魔法を魔力探知から身体強化に切り替えると、全力で地面を蹴り上げた。
赤帽子たちが、俺たちの魔力に気付き始めている。
急がなければ、赤帽子の王に気取られてしまう。
王に見つかれば、渾身の不意打ちも、簡単に防がれてしまうだろう。
勇者さえも凌駕する赤帽子の王に、真っ向から挑んでも、勝ち目はない。
傀儡魔法で動きを止められ、そのまま斧で叩き斬られて終わりだ。
だからこそ、一瞬の不意を突くしかない。
俺は、再度、魔法を身体強化から魔力探知へと切り替えた。
頭上で、溢れんばかりの禍々しい魔力を探知した。
この先に、赤帽子の王がいる。
正面に、裂けた大地の終点が見えた。
泥の隙間から、幾重にも積み重なった巨石が見える。
恐らく城壁の基礎部分だろう。
地面を蹴り上げ、一気に走り込む。
「エイミっ! 赤帽子の王はいる?」
「ああ、間違いなく、この上にいる!」
俺は続ける。
「あと、王の近くに、やたらと魔力の高い奴が一匹いる。たぶん、側近だと思う!」
「分かった。そいつは、あたしが片付けるから、エイミは、そのまま王を討って!」
「分かった!」
俺は、魔力を身体強化に注ぎ込んだ。
「じゃあ、行くわよっ!」
俺とルピナスは、息を合わせ、一気に斜面を駆け上がった。
薄暗い大地の裂け目から、眩い地上へと躍り出る。
一瞬、眩しさに目を細めたが、さっきの魔力探知により、赤帽子の王の位置は把握している。俺は、バルムンクを握りしめ、王のいる方向へと、大きく足を踏み出した。
俺の網膜に、一匹の赤帽子が映し出された。
コイツだ。
コイツに間違いない。
夢で見た時と同じ。
この圧倒的とも言える異質さは、紛れもなく赤帽子の王だ。
俺は、バルムンクを腰だめに構えて、赤帽子の王に突進した。
このまま串刺しにしてやる。
が、次の瞬間、爆発的な衝撃波が、俺を襲った。
後方に派手に吹き飛び、土煙を上げながら、豪快に地面を転がる。
何が起こったのか分からない。
全身を、軋むような痛みが広がっていく。
すぐそばで、呻き声が聞こえ、慌てて視線を向けると、ルピナスがうつ伏せで倒れていた。
今の衝撃波で、二人同時に吹き飛ばされたのか。
極限まで身体強化している上、魔力抵抗の高い俺たちが、こうも簡単に吹き飛ばされたのか。
俺は、混濁している意識を振り払い、力づくで引き戻した。
ふいに、既視感に襲われた。
「まさか……」
俺は、今の衝撃波を知っている。
信じたくない。
信じたくないが、現実はあまりにも非情だった。
濛々と立ち込める土煙の中、小さな影が映った。
俺は、ぐっと唇を噛みしめた。
静かに土煙が晴れていき、陽光が、しっかりとその姿を照らし出した。
豊かな髭に覆われた大きな目に、筋骨隆々の肉体。その手には、身の丈を遥かに超える大斧が握られている。
「う、うそだろ……」
そこには、S級冒険者にして、ドワーフ族最強の戦士であるシュタインが、傲然と立ちはだかっていた。




