風に揺れる一輪の花のように。
大地を貫く亀裂の中を、俺たちは疾駆していた。
弓を持ったルピナスが前を走り、バルムンクを持った俺が、彼女の背中を追っている。
頭上で、赤帽子たちの奇声が、けたたましく聞こえていた。
地上では、ブルグント魔導団による落とし穴と、ロルシュによる目くらましの光。そして、ミーネが起こした大地震によって、恐慌状態に陥っているようだ。
大地の裂け目の中には、地震で滑り落ちた赤帽子たちが、ふらふらと、よろめきながら、立ち上がろうとしていた。
その瞬間、ルピナスが弓を絞り、次々と赤帽子たちを射抜いていった。
突然、脳天を撃ち抜かれた赤帽子たちは、潰れた声を上げ、土の壁に寄り掛かると、ずるずると崩れ落ちていった。
俺たちは、スピードを緩めることなく、赤帽子の死体の横をすり抜け、一点を目指して走り続けた。
この先に赤帽子の王がいる。
魔力探知の結果、奴に目立った動きはない。
どうやら、俺たちの存在に、まだ気付いていないようだ。
地上の慌ただしさは、地中にいても充分に感じられる。
奴に、俺たちの魔力を探知する余裕はなさそうだ。
このまま、赤帽子の王まで近づき、奇襲を仕掛け、バルムンクで一気に討ち取る。
これが、この作戦の最終目的だ。
ただ、一つだけ気になることがあった。
王の傍らに、やたらと魔力の高い赤帽子が一匹いるのだ。
この件については、ルピナスにも伝えているため、彼女に任せることにした。まともに戦えば、苦戦は必至だが、ノートゥングで奇襲を仕掛ければ、難なく排除することができるだろう。
俺は、赤帽子の王を討ち取ることに集中しなければならない。
ここで勝負を決めなければ、今までの行動が、すべて水の泡となってしまう。
落とし穴大作戦の全容は、まずロルシュが目くらましの光を放ち、ミーネの大地震で、地面を引き裂き、混乱する赤帽子たちの隙を縫って、俺とルピナスで、大地の割れ目を通り抜け、赤帽子の王に接近し、一気に討ち取る作戦だ。
つまり、この作戦は、敵を落とし穴に落とすことが目的ではなく、俺とルピナスが落とし穴に隠れて奇襲する作戦なのだ。
姿を隠しながら接近する理由は、赤帽子の王の目視から逃れるためだ。目視されれば、否応なしに傀儡魔法を放ってくる可能性がある。ただ、ハーデブルクの時のように、俺たちの魔力を探知して、傀儡魔法を放ってくる可能性もある。
恐らく奴は、魔力探知も習得している。
だが、今は、多くの敵味方が混同している状態である上、魔力の高い赤帽子や、ヴィーネリントの宗教騎士団、そしてブルグント魔導団が入り混じっているため、その中から、俺たちの魔力を探知するには、かなりの集中力が必要となる。
地上を混乱に陥れた目的の中には、赤帽子の王の集中力を乱すことも含まれている。
事実、王は、俺たちの動きに、まだ気付いていない。
その時、頭上で奇声が響いた。
大地の裂け目から、数匹の赤帽子が覗き込んでいた。
くそっ、見つかったか。
仲間を呼ばれる。
だが、ルピナスの動きは、それよりも、遥かに速かった。
立て続けに矢を放ち、覗き込んでいた赤帽子の額を、的確に射抜いた。
だらりと力の抜けた赤帽子が、斜面をずるずると滑り落ちてきた。
一切として無駄のない動き。改めて、ルピナスがS級冒険者であることを実感した。
その研ぎ澄まされた集中力は、まさに餓狼の剣士だ。
ルピナスの矢は、瞬きよりも速く、赤帽子を捕らえている。
しかも、すべて急所を討ち抜いている。
次々と、赤帽子が倒れていく中、一匹の赤帽子が、俺たちの行く手を遮った。
すかさず、魔法を身体強化から魔力探知へ切り替える。
見た目は、他の赤帽子と何ら変わらない。
だが、明らかに魔力量が違う。
そう気づいた時には、もう矢は放たれていた。
矢は、白い光芒を引きながら、赤帽子に吸い込まれていき、見事、額の中心に突き立てられた。
赤帽子の呻き声が響いた。
本来であれば、そのまま地面に崩れ落ちるのだが、その赤帽子は、矢が刺さった状態のまま、こちらへ突進してきた。
「アイツ、他の奴らと違って、魔力がケタ違いだっ!」
「分かってる!」
ルピナスが、スッと腰の鞘から、細身の剣を抜いた。
歪曲した金色の剣。
屠竜武器ノートゥング。
不格好に斧を振り上げ、突進して来る赤帽子。対して、ルピナスは、風に揺れる一輪の花のように、身体をしならせると、地を蹴り、一閃した。
赤帽子の首が、回転しながら弧を描くと、そのまま重力に引っ張られ、地面へと叩きつけられた。頭部を失った身体は、ふらふらとよろめき、斜面に激突とすると、ずるずると力なくへたり込んだ。
ルピナスは、刀身に付着した体液を、可憐に振り落とすと、静かに剣を鞘に納めた。
そのあまりに無駄のない動きに見惚れてしまった。
と、その時、俺の足元に、コロコロと石のような物が転がって来た。
「ん? なんだこれ」
俺は、その石を手に取った。
瞬間、怖気が走った。
白く濁った不気味な生物の骨。
嫌と言うほどに、見慣れた骨。
俺の手には、竜骨が握られていた。