成仏することすら許されない。
「勇者が、赤帽子に喰われている?」
「そうじゃ。ハーデブルクで受けた、あの傀儡魔法、実に不可解じゃったと思わんか?」
「ああ、確かにそうだな。どんなに魔力探知しても、勇者の魔力は、どこにもなかったからな」
ミーネが小さく頷いた。
「つまりは、勇者ではない、何者かが、ワシらの魔力を探知して、傀儡魔法を放ってきたと言うことじゃ」
俺は、息を呑んだ。
傀儡魔法は、勇者の魔法だと、勝手に思い込んでいた。
「じゃあ、勇者じゃないってことは……」
「あの時、ハーデブルクには、赤帽子しかおらんかった」
辺りを不気味な静寂が包んだ。
「勇者を喰った赤帽子が、傀儡魔法で、俺たちを攻撃してきたってことか?」
「そういうことじゃ」
「そんなことが可能なのか? 魔物が魔法を覚えることなんてできるのか?」
これまで、幾度となく魔物と遭遇してきたが、魔物が魔法を使ってきたことなどない。
そもそも魔物とは、獣や妖精の成れの果てである。魔法が使えるほどの知性は持ち合わせていない。
「うむ、実に稀なことじゃが、知性の高い魔物が、魔法を習得している種族を捕らえ、心臓と脳を生きながらに喰らい、その魔素を同時に取り込めば、喰らった者の魔法を習得することがあるんじゃ」
「嘘だろ、そんなことあるのか?」
「うむ、その原理は、未だ、解明中なんじゃが、一説では、心臓と脳を生きながら喰うことで、その者の魂を取り込むことができ、さらには、その者の魔素を吸収することで、魂を介して強制的に魔法を発動させることができると言われておる」
「魔素だけじゃなく、その魂まで喰われるってことか……」
想像するだけで、おぞましい。
「冒険者の間では、割と有名な話よ。生きたまま魔物に食べられちゃうと、魂も一緒に食べられちゃうから、故郷に戻ることができないって言われているわ」
ルピナスの言う故郷とは、エルフ族における、あの世のことだろう。
「僕らの間でも、魔物に取り込まれた魂は、穢れちゃうから、神様からの祝福を受けることができなくなって、天に昇れなくなるって教えられたね」
ロルシュの言う天とは、天国のことだろう。ブルグント神聖教では、天国と地獄の教えがしっかりと伝わっており、善い行いをすれば天国へ、悪い行いをすれば地獄へ、といった馴染み深い教えが存在している。
「魔物に喰われた魂は、魔法を発動するために消費され続け、やがては消滅すると言われておるな」
消滅とは、完全に無に帰すということか。
もはや、成仏することすら許されない。
果たして、これほどの地獄が存在するのだろうか。
「勇者は、赤帽子に喰われ、その魂は、赤帽子に囚われてしまっているってことか……」
あの極悪人には、相応しい末路なのかもしれない。
それにしても、あっけない最期だった。
「で、その勇者を喰った赤帽子って言うのが……」
俺が訊くと、ミーネが頷いた。
「赤帽子の王じゃろう」
ミーネが続ける。
「知性の高い奴ならば、勇者の魂を取り込み、魔法を発動することも可能じゃろう」
重苦しい空気が流れた。
「赤帽子の王の魔力の高さは、勇者を喰ったことが原因か……」
「ああ、そうじゃな。竜骨を齧り、勇者を喰らい、さらには、魔力の高い貴族や聖職者を根こそぎ、喰らい尽くしたんじゃろう」
凄まじいドーピングによって、勇者を凌駕するほどの魔力を手に入れたということだ。
「そんな化け物じみた魔力で、傀儡魔法を繰り出すんだろ? もう完全に詰んでないか?」
「そうじゃな、ワシらでは手も足も出らん」
「そうだろ、だったら、どうすりゃいいんだ?」
「ん、なにを言っておる」
ミーネが視線を向けた。
「おぬしがおるじゃろが!」
「はい?」
俺は、素っ頓狂な声を上げた。