表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/132

異世界人の方ですね。こちらへどうぞ。

 それでは、俺が異世界転移した時のことを話そうか。


 仕事中に過労死した俺は、気が付くと、古びた石造りの建物の中にいた。


 薄暗い室内を見渡すと、そこら中に、塵や埃が降り積もり、崩れた落ちた瓦礫が散らばっていた。朽ち果てた祭壇には、大きな十字架が掲げられており、割れた壁の隙間からは、光が差し込み、床をキラキラと照らしていた。


 混濁していた意識が、徐々に鮮明になっていく。


 俺は、ここが礼拝堂であることに気が付いた。


 教会のようだった。


 風化の具合から見て、放棄されてから、かなりの年月が過ぎているようだった。


 わけも分からずに、起き上がり、パンパンと服を叩く。


 白シャツにネクタイ、黒いスラックス。そして、染みだらけのエプロン。


 死んだ時と、まったく同じ格好だった。


 途端、あまりの埃っぽさに、咳と鼻水が止まらなくなった。


 たまらずに、光が射す方へと向かった。


 視界が白に染まる。


 全身が光に照らされる感覚。


 少しずつ視力が戻るに連れて、俺は、奇妙な感覚に襲われた。


 空だ。


 空が、不気味なほどに青かった。


 空が青いのは当たり前なのだが、その青が、やたらと濃く感じた。空は空色と呼ばれ、明るい青色と称されているのだが、俺が見ている空は、まるで飛行機の上から見るような群青色の空だった。


 眩暈がするほどの青さに、身震いを覚えながらも、俺は、周囲の景色に視線を巡らせた。


 どこまでも続く緑の平原。脛の辺りまで伸びた草が、風で静かに揺れている。そんな緑の絨毯の上を縫うように、細く曲がりくねった道が、延々と伸びている。もちろん舗装されていない。草を刈って、土を固めただけのあぜ道だ。


 ふと、振り返ると、小さな教会が建っていた。


 壁面は大きくひび割れ、ところどころが崩れ落ちている。さらに、建物自体が、大きく斜めに傾いており、今にも崩落しそうな勢いである。


 完全なる廃墟である。


 さっきまで、あの中にいたと思うと、背筋が寒くなった。


 教会の背後には、巨大な森が広がっていた。


 建物よりも遥かに高い木々が、鬱蒼と生い茂り、森の奥は、昼間にも関わらず、深い闇に包まれていた。濃く深く密集している木々が、大地に覆い被さるように迫る様は、まるで押し寄せる大津波のように見えた。いずれ、この教会も、森の濁流に吞み込まれて、跡形もなく消え去ってしまうのだろうと感覚的に覚った。


 真っ暗な森の奥で、時折、赤い光が明滅した。その度に、得体の知れない、どこか不気味な気配を感じた。本能的に、森から離れたい衝動に駆られた。


 それにしても、ここはどこだろうか。


 少なくとも、俺の知っている景色ではない。


 あの世なのだろうか。


 それにしては、肉体の感覚がやけに強い。


 まさか、異世界転移でもしたのか!


 とにかく、ここにいてもしょうがない。


 森の中は、明らかにヤバそうなので、とりあえず、目の前に伸びている道を進んでみることにした。


 太陽の下を歩くのは、いつ以来だろうか。スーパーマーケットの店内で働いていると、時間の感覚がやたらと鈍くなる。レジ付近であれば、出入口が近いため、ある程度の時間は把握できるのだが、店の奥に行けば行くほど、時間の感覚は鈍くなっていく。倉庫に至っては、年中薄暗いため、疲労困憊、意識朦朧とした状態で働いていると、今が、朝なのか、昼なのか、夜なのか、分からなくなる時がある。


 そんな生活を三年も続けていたせいか、空から降り注ぐ優しい光も、身体をすり抜けていく柔らかな風も、踏みしめる土の弾力も、その何もかもが、ひどく懐かしく思えた。


 自然の心地良さに身を委ねながら、のんびり歩いて行くと、巨大な建物が見えてきた。


 豊かな大自然の中に、人工的な城壁がそびえたっていた。


 城壁は東西に長く伸びており、その中心に、巨大な城門が見えた。


 城門は、固く閉ざされているようだ。


 廃教会から続く道は、蛇行を繰り返しながら、城門まで伸びていた。


 どうやら、本格的に異世界転移したようだ。


 俺は、すんなりと現実を受け入れた。


 まあ、特に、前の世界に対して未練はない。


 むしろ、強制労働から解放されて、ホッとしている。


 前の世界では、仕事で死ぬか、逃げてニートになるか、その二択しか存在していなかった。そんな世界に未練などあるはずがない。もう勘弁してくれ。もういい加減、許してくれ。これが本音だ。


 とりあえず道を辿っていき、城門まで辿り着くと、衛兵が立っていた。


 俺が話しかけようとすると、衛兵は、特に驚いた様子もなく、勝手に話し始めた。


「城門から、真っすぐ北に行くと、中央広場に出る。その中心に市庁舎がある。そこで魔力量を計測してもらえ」


 RPGゲームのモブキャラばりに事務的な口調だった。


 いろいろと尋ねようとしたが、衛兵からは完全に無視された。


 衛兵が城門を開けると、半ば無理やりに城門をくぐらされた。


 衛兵の態度の悪さに呆れながらも、俺は、周囲の景色に目を奪われた。


 城壁の内側は、完全に中世ヨーロッパの都市だった。


 木造の三角屋根の建物が密集して建っている。どれも三階建てから四階建ての建物ばかりで、その壁面には、大きな窓が取り付けられていた。高い建物がひしめき合っているため、道路は狭く、そして薄暗く、しかも迷路のようになっている。


 そんな迷路のような道を、人々が行き交っている。皆、西洋風の顔立ちをしており、服装もスカーフやエプロンを身に付けている者が多く、現代の日本人とは大きくかけ離れていた。


 俺は、衛兵に言われた通り、迷路のような路地をひたすら真っすぐ進んだ。


 すると、急に開けた場所に出た。


 薄暗く狭い路地から、一変、光溢れる大きな広場へと、視界が埋め尽くされた。


 活気ある声が響き渡り、多くの人々が集まっている。いたるところで、市場や催し物が開かれており、広場一帯は、ものすごい賑わいで溢れていた。


 どうやらここが中央広場のようだ。


 そんな中央広場の中心には、石造りの立派な大聖堂(カテドラル)が鎮座しており、建物から伸びた尖塔には、巨大な鐘楼がぶら下がっていた。


 この大聖堂が、衛兵の言っていた市庁舎なのだろうか。


 他にそれらしき建物は見当たらないので、たぶんそうなのだろう。


 市庁舎だと信じて、大聖堂の中へと入っていくと、豪華な装飾が施された祭壇が、俺を出迎えてくれた。


 そこには、大きな十字架に磔にされた聖人像が掲げられ、その下には聖母像が飾られていた。


 やはりここは、中世ヨーロッパなのかと思ったが、どうにも違和感があった。


 さっき、衛兵が、さらっと魔力量をなんとかどうとか言っていた。


 冷静に考えてみると、魔力ってなんだ? MPのことか? てことは、魔法があるってことか? もちろん、中世ヨーロッパに魔法など存在しない。


 こりゃあ、いよいよ、異世界転移が現実味を帯びてきたな。


 祭壇の前に、聖職者らしき女性を見つけたので、とりあえず話しかけてみることにした。


 すると女性は、極めて事務的な笑みを浮かべた。


「ああ、異世界人の方ですね。こちらへどうぞ」


 そのまま女性から、祭壇の横にある扉へと案内された。


 やっぱりここは、異世界のようだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ