勇者さまは、この竜を殺すのですか?
グリフォンは咆哮を上げると、躊躇することなく、勇者へと襲い掛かってきた。
「うおおっ、な、なんだ、この鳥っ!」
瞬時に、戦士が盾となり、バトルアクスでグリフォンの嘴を受け止めた。すかさず、魔導士が精霊魔法で、風の刃を放ち、グリフォンの翼を切り裂いた。
グリフォンが悲鳴を上げる。
隙を見計らい、戦士が、豪快にバトルアクスを振るい、グリフォンの首元を斬りつけた。
鮮血が飛び散り、グリフォンが派手にぐらついた。
だが、グリフォンの闘志は、一切として消えることはなかった。
再び、咆哮を上げ、目の前の戦士へと襲い掛かった。
戦士はバトルアクスを振るって応戦し、魔導士は風魔法で援護を行う。
突如、勃発した戦闘に、解体屋たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
そんな中、僧侶だけが、黙ってその様子を眺めていた。
この状況下において、無表情、そして無感情な彼女に、言い知れぬ不気味さを覚えた。
僧侶は、静かに歩き出すと、激しい戦闘を繰り広げている戦士と魔導士の横を、何事もないかのように通り過ぎ、勇者の元へと向かった。
「おいっ、カタリナっ、あの鳥はなんだ! 魔物かっ?」
勇者が怒鳴ると、僧侶は、感情のない乾ききった目を向け、答えた。
「あれはグリフォンです。魔物ではなく聖獣です」
「はあ? せいじゅう? なんか、よく分かんねえけど、あの鳥は、なんで俺たちを襲ってきたんだ!」
「さあ、それは分かりません」
「おいおい、なんか、アンネとセシリア、圧されてねえか?」
戦士の攻撃も、魔導士の魔法も、グリフォンを確実に捉えているが、致命的なダメージを与えるまで至っていない。
「グリフォンは聖属性です。アンネさんとセシリアさんは、装備品によって光属性となっているため、あまり相性が良くありません。無論、勇者さまは、元より光属性であるため、さらに相性が良くありません。そもそも私たちは、闇属性の魔王や、邪属性の魔族に対して特化したパーティーです。聖属性の聖獣と戦うことは想定されていません」
「くそがっ、世話の焼ける奴らだっ!」
苛立ちをあらわにしながら、勇者が、グリフォンに向けて左手をかざし、指をくねくねと動かした。
「あ? どうなってんだ? ぜんぜん効かねえぞ?」
「聖獣に傀儡魔法は通用しません。そもそも傀儡魔法は、人間が、同族や異種族を従わせるために生み出された魔法です。獣の類には、効き目はありません」
「ああっ! んじゃ、どうすりゃあ、いいんだっ!」
「聖属性の弱点は、邪属性です。邪属性の魔法であれば、聖属性の聖獣に致命傷を与えることができます。ただ、これは、こちらの魔力量が上回っている状態であり、相手の魔力量が未知数である限り、魔力抵抗を換算することが――」
「もういいっ!」
勇者が、僧侶の説明を遮った。
「じゃあ、さっさと、その魔法を使えっ!」
僧侶が黙り込んだ。
「さっさとやれっつてんだろうがぁっ!」
コイツは、救いようのない馬鹿だ。
聖職者が、魔族の魔法など使えるわけがない。そんなもん、素人でも分かる。
そもそも、聖職者は、魔法を使うことができない。
僧侶は黙ったまま、怒鳴り散らしている勇者をじっと見つめていた。
「確認しますが、勇者さまは、この竜を殺すのですか?」
「ああん、なに言ってんだ、テメエ、殺すに決まってんだろがっ! 殺さねえと、金が入んねえだろうがぁっ!」
僧侶が逡巡した。
「分かりました」
そう答えると、僧侶は淡々と詠唱を始めた。
俺は、驚きに息を呑んだ。
「詠唱? どういうことだ?」
僧侶の口の端から、パチパチと黒い炎が弾けた。
「火炎黒蜥蜴の毒息」
僧侶が口を大きく開けると、そこから真っ黒な炎が噴き出した。
漆黒の火炎は、戦士と魔導士の間をすり抜け、グリフォンを丸呑みにした。
火だるまとなったグリフォンから、悲痛な叫びがこだました。
グリフォンは、暗黒の炎に包まれながら、湖の中へ転がり落ちていった。
僧侶は、勢いよく黒い煙を吐くと、数回、咳き込み、何事もなかったかのように、無表情に戻った。
辺りに静寂が戻った。
眠り竜の寝息だけが聞こえる。
俺は、スクリーンの前で立ち竦んでいた。
僧侶が魔法を発動した。
それは、神の祝福を受けた聖職者からは想像もできない、邪悪で狂暴な魔法だった。
ふいに、俺の脳裏に、ある男の顔が浮かんだ。
右目を十字傷で塞がれた魔族の男。
邪眼のバロール。
「ま、まさか、アイツなのか……」
そんな中、魔導士だけが、驚愕の表情を張りつけ、僧侶をじっと見つめていた。