そんなクソみたいな呪いは、もう、ここに置いていけ!
グリフォンが悲鳴を上げた。
間断なく襲い掛かる無数の矢と、執拗に絡みつく炎の大蛇が、着実に、グリフォンをある地点へと追い込んでいた。
その地点に到達した時、俺は、決意を固めなくてはならない。
眼下には草原が広がり、遠くに、光り輝く水面が見える。
コバルトブルーの湖。
もう少し、もう少しだ。
その時、グリフォンの嘴が大きく開かれ、凄まじい勢いで空気が吞み込まれた。獅子の胴体が、風船のように大きく膨らむ。
来る。
俺は、全身に力を込めた。
グリフォンは、鋭い眼光で、森へと視線を巡らし、矢が飛んできている方向と、大蛇の伸びてきている方向へ狙いを定めた。
次の瞬間、爆発的な咆哮を放たれた。
大気が豪快に振るえ、凄まじいほどの衝撃波が、地上に向かって叩きつけられた。
皮膚がひりつき、肉が震え、骨が軋み、内臓が歪む。
嘆きの咆哮。
飛んできていた無数の矢が、粉々に消し飛び、絡みついていた大蛇も、一瞬にして掻き消されてしまった。
獰猛な波動が、緑の大地を波立たせ、無数の亀裂が走るのが見えた。
ルピナスとミーネの攻撃が、ピタリと止まった。
空が、静寂に包まれた。
が、その時、別の方向から、鋭い閃光が迸った。
僅かな隙を見せていたグリフォンの顔面を、閃光は駆け抜けていった。
もちろん、竜化しているグリフォンにはノーダメージだ。
だが、極限までに濃縮された光の束が、目の前で弾けたことによって、グリフォンは一時的に視界を奪われた。
ロルシュの祝福だ。
さすがは教皇座聖堂騎士団の団長。まさかピンポイントで、グリフォンの顔面にヒットさせるとは。
視界を奪われ、空中でバタつくグリフォン。そこに再び、地上から、矢の猛攻が襲い掛かり、炎の大蛇が絡みついてきた。
グリフォンの悲痛な叫びがこだました。
気が付くと、俺の足元には、大きな湖が広がっていた。
その畔に、小さな竜骨が見えた。
「このままだと、お前は、死ぬまで母親の骨を貪り続けなきゃならない。怒りと憎しみ、そして悲しみを抱えたままな……」
俺は、バルムンクに力を込めた。
「そんなクソみたいな呪いは、もう、ここに置いていけ!」
ためらうな。
俺は、グッと奥歯を噛みしめ、グリフォンの腹に向け、勢いよくバルムンクを突き刺した。
グリフォンの断末魔が響いた。
俺の頬に、ぼたぼたと大粒の血が弾けた。
激しく翼をばたつかせるグリフォン。
そして、憎悪に満ちた瞳孔を広げ、俺を睨みつけた。
が、次の瞬間、ぐらりと空中でバランスを失うと、ゆっくりと羽ばたきが止まった。
がっくりと鎌首を落とすグリフォン。
肩にめり込んでいた鉤爪が、力を失い、静かに外れた。
一瞬の浮遊感。
が、その刹那、猛烈な重力によって、高速で湖に引っ張られ、そのまま水面に容赦なく叩きつけられた。
激痛に呻いた時には、目の前を無数の水泡が踊っていた。
水面へと向かう泡の群れを見上げながら、俺の意識は闇に包まれていった。