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呪われているな、お前も、俺も。

 唐突だが、就職氷河期世代というのは、呪いのようだと思う。


 この国が、バブル景気を得た引き換えに、科せられた呪いが、就職氷河期だ。


 そして、この時代を生きた若者すべてに、呪いは容赦なく振り分けられた。


 数えきれないほどの会社の面接を受けても、内定を貰えないのが当たり前。ようやく内定を貰っても、当然の如くブラック企業。そりゃそうだ。すでに面接の時点で分かっている。どの会社も、面接とは名ばかりで、やっていることは、奴隷の値踏みだ。会社は、優秀な奴隷を安く買って、使い潰すことしか考えていなかった。


 それでも、生活のため、家族のため、そして将来のため、奴隷として、ブラック企業に入社する。そして、そこで待ち受けているのは、低賃金、長時間労働、サービス残業、休日出勤、そして容赦ないパワハラだ。


 奴隷に人権など存在しない。


 散々にすり潰した揚げ句、奴隷がいなくなっても、会社としては、痛くも痒くもない。


 なぜなら、替わりの奴隷はいくらでもいるからだ。


 もはや、ブラック企業に入社した時点で、退職は確定しているのだ。


 心身をすり減らして、必死で働いたとしても、これはもう確定事項なのである。奴隷には、どうすることもできない。だが、中には、様々な事情があり、それを無視して働き続ける者がいる。結果、心身をすり潰した先に待っているのは、病気か、死だ。


 そうなる前に、再就職に踏み出さなければならない。心身ともに余力がなければ、就職活動などできないからだ。


 だが、残念なことに、どれほど就職活動を行っても、待ち受けているのはブラック企業だけだ。これは、社会自体が、労働者は、徹底的に使い潰すといった暗黙のルールがあったからだ。


 よって転職したとしても、そこは当然の如く、ブラック企業。しかも前職よりも遥かに劣悪な労働環境に落とされる場合が多い。その結果、転職を繰り返す羽目となる。だが皮肉なことに、転職を繰り返すたびに、労働環境は加速度的に悪化していく。


 つまり奴隷から抜け出すことはできないのだ。


 これは、紛れもなく呪いである。


 就職氷河期世代であることが、呪いなのだ。


 俺たちは、十字架を背負って歩いてきた。


 精神と肉体をすり減らしながら、死にもの狂いで前へ進んできた。


 途中、十字架に圧し潰されて、フリーターになる者、ニートになる者もいた。


 無論、俺にも、その選択はあった。


 もし、フリーターやニートになっていれば、間違いなく、今も生きているはずだ。


 でも、俺は、歩き続けた。


 逃げることなく、諦めることなく、必死で歩き続けた。


 死ぬ、その瞬間まで、歩き続けた。


 なぜなら俺は、とんでもなく往生際が悪いからだ。


 往生際の悪さが、俺を殺した。






 俺は今、空の中にいる。


 グリフォンの鉤爪は、しっかりと、俺の両肩を捕らえている。


 俺は、獲物となって、空を漂っていた。


 ハーデブルクの森が一望できるほどの高さを、優雅に飛行している。


 落下すれば、ひとたまりもないだろう。


 両肩を抉るように突き刺さっている鉤爪が、鈍痛を引き起こす。極限まで身体強化していても、じわじわと血が滲んできている。


 もし、ここで、バルムンクで応戦しようものなら、グリフォンは躊躇なく、鉤爪を肩から抜くだろう。


 グリフォンは、それを見越して、この高度を飛空している。


「お前も、つくづく、運がないよな……」


 俺は、続ける。


「群れからはぐれて、死にかけて、でもそこで、奇跡的に助けられて、やっと幸せな日々が送れるって時に、母親を目の前で殺されたんだからな……」


 俺は、バルムンクを堅く握りしめた。


「呪われているな、お前も、俺も……」


 刹那、俺の目の前を、閃光が走った。


 グリフォンの悲鳴が、空にこだました。


 一条の矢が、グリフォンの羽根に刺さっていた。


「やっぱ、ルピナスはすごいな。この高さで、確実に命中させるなんて」


 次の瞬間、地上から、無数の矢が、弾丸のように飛んできた。白銀の矢は、俺の目の前を高速ですり抜けていくと、そのすべてがグリフォンの翼に叩き込まれた。一本たりとも、俺には掠りもしなかった。改めて、ルピナスの弓技に驚いた。


 グリフォンは矢から逃れるように、大きく旋回して、逆方向へと翼をはためかせた。


 その時、地上で爆発音が響いた。


 俺の足元で、森が激しく燃え盛っていた。


 燃え盛る炎が一点に収縮していき、一本の長い炎へと姿を変えた。それは、生き物のようにウネウネと蠢きだし、ぐるぐると、とぐろを巻き始めた。次の瞬間、炎の先端が裂け、巨大な顎が、ぱっくりと開いた。


 それは、炎の大蛇だった。


 大蛇は、ぐっと首をすぼめると、火炎を高ぶらせながら、弾けるように、空を駆け上がってきた。


 大蛇は、業炎を纏いながら、俺の鼻先を通り過ぎると、グリフォンの首元に向かって、牙を立てた。無論、竜化しているグリフォンに、魔法は通用しないため、決して燃えるようなことはない。


 グリフォンが両翼を激しく羽ばたかせると、炎の大蛇は、一瞬にして掻き消されてしまった。だが、消えたのは頭部だけで、すぐに先端が裂けると、元の大顎が大きく開かれた。


 消滅と修復を繰り返しながら、大蛇は、激しくうねり、徐々にグリフォンを絡め取っていく。


「こんな魔法があったのか。さすがはミーネだな」


 間断なく襲い掛かる矢の嵐に加え、執拗に絡んでくる大蛇によって、グリフォンは、完全に恐慌状態に陥っていた。


 矢の猛襲も、大蛇の絡みも、すべて、ある方向から繰り出されていた。


 グリフォンは、徐々に、ある方向へと押し出されていった。


 その先にあるのは、小さな竜骨。


 そして、コバルトブルーの湖があった。

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