表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

104/132

嘆きの咆哮。

 俺は、竜骨のある方向へ、一直線に走っていた。


 ルピナスとミーネ、そしてロルシュは、後方で散り散りに分かれ、一定の距離を保ちながら、俺の後をついてきている。


 竜化した魔物は、本能的なのか、バルムンクを避けようとする。


 実際、勇者パーティーの魔導士が、バルムンクをかざしただけで、赤帽子レッドキャップたちの動きが止まったのを見た。あの赤帽子の王(レッドロード)ですら、何もせずにその場を去ったのだ。それほどまでに、バルムンクから放たれている魔力は、竜を忌避させる力を持っていると言うことだ。


 空を旋回しているグリフォンは、俺がバルムンクを持っていることを把握している。よって奴は、狙いを、ルピナス、ミーネ、ロルシュの誰かに絞ってくるはずだ。恐らく負傷しているロルシュが最初に狙われるだろう。


 俺を狙って来ることはない。


 だが、この作戦は、グリフォンが、俺に狙いを定め、俺を捕らえないと、開始することはできない。


 だから、絶対に捕らえられなければならない。


 そこで俺は、単独で、竜骨のある方向へと、一直線に向かった。


 竜骨は、麻薬のようなものだ。


 竜骨を齧った時点で、竜の魔力が取り込まれ、魔物へ変貌し、魔力中毒に侵される。そして、竜の魔力が切れれば、激しい禁断症状に襲われる。そのため、竜骨に対する魔物の執着は凄まじく、奪われると察知すれば、命を晒してでも、猛烈な抵抗へと出るのだ。


 グリフォンは、俺が竜骨へ向かっていることを察知し、上空から追跡して来ている。


 咆哮を放つタイミングを見計らっているようだ。


 だが、俺は、極限まで身体強化をして、森の中を、高速で、しかも、ジグザクに駆け抜けているため、簡単には捉えきれないようだ。


 全身のあらゆる機能を最大まで強化し、それを持続し続けながら、なおかつ、片手にはバルムンクも持っているため、膨大な魔力が消費されていくのが分かる。


 普通のS級冒険者であれば、間違いなく枯渇する魔力消費量だ。


 だが、俺は、まだまだ余裕だった。


 魔力に関して言えば、俺はチートなのだ。


 俺は、全速力で森を駆け抜けていく。その間、幾度となく視界を通り過ぎていくのは、串刺しにされた教皇座聖堂騎士団の騎士たちと、赤帽子レッドキャップの無残な死体だった。


 竜骨に近づくほど、死体の数はどんどん増えていっている。


「もうこれ、モズのはやにえじゃないだろ」


 モズのはやにえとは、モズと呼ばれる鳥が、捕らえた獲物を、木の枝に突き刺す習性のことだ。諸説いろいろあるようだが、冬の保存食と、雌を獲得するための栄養食だと言われることが多い。


 だが、どう考えても、保存食にしては多すぎるし、雌を獲得するための栄養食だとしても、他のグリフォンは、山岳地帯で群れを成して暮らしているため、はぐれグリフォンには無縁の話だ。


「なぜここまで、串刺しにこだわっているんだ?」


 そんなことを考えながら走っていると、徐々に視界の向こうが明るくなった。


 密集した木々の隙間から、幾つもの光が射している。


 間違いない。


 この先に、竜骨がある。


 俺は、眼前に射し込んでいる、幾条もの光の中に飛び込んだ。


 あまりの眩しさに、思わず瞼を閉じる。


 そこかしこから、小鳥の囀る声が聞こえる。


 そして、水の流れる、微かな音。


 俺は、ゆっくりと瞼を開いた。


 森の中に、ぽっかりと浮かんだ空間。


 緑の草原が広がり、その向こうに、コバルトブルーの湖が広がっている。


 それは、夢で見た光景と、まったく同じものだった。


 そして、コバルトブルーの湖の畔に、黄緑色リーフグリーンの小さな竜が眠っている、はずだった。


 そのはずだった。


 だが、そこには、白骨化した竜の死体しか残っていなかった。


 急激に胸が苦しくなった。


 分かっていた。


 分かっていた、はずだった。


 それでも、涙が止まらなかった。


 あの竜が、何をしたのか。


 ただ静かに、ここで暮らしていただけだろう。


 あのグリフォンと、幸せに暮らしていただけだろう。


 なぜ、殺す必要があったのだ。


 なぜ。


 なぜ。


 なぜ。


 なぜ、殺した。


 なあ、人間どもよ。


 嘆き悲しんだところで、何も解決しないのは分かっている。ただ、このぶつけようのない怒りと悲しみに、心が圧し潰されそうだった。


 刹那、天空から咆哮がこだました。


 今だから、分かる。


 これは、嘆きの咆哮だ。


 皮膚がひりつき、肉が震え、骨が軋み、内臓が歪む。


 一瞬にして、俺の身体は自由を奪われた。


 そして、天空から、巨大な怪鳥が、傲然と降り立った。


 聖獣グリフォン。


 夢で見た、あの愛くるしさと、神々しさは、もう微塵も存在していない。


 燃えるような憎悪に満ちた、凶獣が、俺を見下ろしていた。


 俺は、溜息を吐き、絶望を滲ませながら、小さく笑った。


「お前に、この感情をぶつけるのは、あまりにも筋違いだよな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ