非情な世界。
深い森の中に、コバルトブルーの美しい湖が広がっていた。
そのほとりに、一匹の竜が、身体を丸め、静かに眠っていた。
森の若葉を散りばめたような、黄緑色の小さな竜。
その竜の傍らで、一匹の子供のグリフォンが、羽根を擦りつけ、甘えている。
竜は、ゆっくりと目を覚ますと、尻尾を回して、グリフォンを優しく包み込んだ。
グリフォンは、嬉しそうに鳴くと、竜の身体に顔を埋めて、そのまま眠りに落ちた。
幸せそうな表情を浮かべて。
天空から、俺たちを見下ろすグリフォンの表情は、獰猛に歪み果てていた。
どうして。
どうして、こんなことになってしまったのか。
そんなことは分かっている。
竜を殺されたからだ。
母親を殺されたからだ。
天空から容赦なく降り注ぐ、このひりつくような感覚は、人間に対しての憎悪と憤怒。そして母を失ったことへの悲愴。それら燃え上がる負の情念が、俺たちを戦慄させていた。
分かっている。
お前の無念は、痛いほどに分かっている。
「だからって、魔物に堕ちてんじゃねえよ……」
グリフォンは、母親の骨を齧って、その魔力を取り込み、竜へ、いや魔物へと変貌していた。
俺は、あまりの悲しみと、やりきれなさに、身体が震え出した。力を抜いたら、膝から崩れ落ちてしまいそうなほど、全身が震えている。
喉の奥から勝手に嗚咽が漏れ、両目が熱を帯びていく。
「ちょ、ちょっと、エイミ、どうしたの?」
ルピナスが駆け寄り、俺の肩を優しく支えた。
俺は、泣いていたのか。
くそったれ、今は、泣いている場合じゃないのに!
俺は、思いっきり空気を吸い込むと、勢いよく吐き出した。
「いや、年を取ると、涙もろくなるもんだな」
毎夜、毎夜、小さな竜とグリフォンの幸せいっぱいな映画を見せられてきたのだ。どうしたって、感情移入してしまう。
そしてこれが、映画の結末だと思うと、どうしようもないほどに、いたたまれない。
心のどこかで、フィクションであることを願ってしまう。
だが、これは、紛れもなく現実だ。
最悪のバッドエンドだ。くそったれ。
俺は、涙を拭い、思いっきり鼻をすすった。
すると、ルピナスが、何も言わず、優しく、包み込むように、そっと抱きしめてくれた。
その柔らかさと温かさに、取っ散らかっていた心が、静かに片付いていくのが分かった。
「エイミ、泣きたいときは、泣いたっていいんだよ」
俺は、ルピナスの肩に、顔を埋めたまま、小さくうなずいた。
「ありがとう、ルピナス」
俺は、続ける。
「ただ、この世で、一番汚いのは、オッサンの泣き顔だからな。だから、どんなに泣きたくても、そう簡単に、泣き顔を見せるわけにはいかない。これは、オッサンのプライドってやつだ」
俺は、ゆっくりとルピナスから離れた。
そして、不安そうな彼女へ向けて、思いっきり、笑顔を作ってみせた。
この世で一番汚い、笑顔だったかもしれない。
それでもルピナスは、優しく微笑んでくれた。
俺は、もう一度、思いっきり空気を吸い込み、勢いよく吐き出した。
やはり、この世界は非情だ。
くそったれなほどに、非情すぎる。
そして、この非情な世界に抗い続けるには、やはり強くならなければならない。
強くなる。
俺は、背負っていたバルムンクを、勢いよく抜き放った。
猛烈な勢いで、魔力が吸い取られていくのが分かった。
この非情な世界が、ニーベルゲンの呪いによるものなら、この呪いの剣で、断ち斬ってやる。
呪いには、呪いで抗ってやる。
「あのグリフォンは、俺が、何とかする」