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空の中。

「まったく、君たちには、呆れるよ。こんなところまで、何しに来たんだい?」


 そう言うと、ロルシュは、その場に座り込んだ。


 脇腹の辺りから、じっとりと血が滲んでいる。


「おいっ、大丈夫かっ?」


 俺たちが駆け寄ると、ロルシュが皮肉交じりに笑った。


「教皇座聖堂騎士団は、恐らくもう、僕を残して全滅だ……」


 俺たちは、顔を見合わせた。


「君たちも見ただろう。串刺しにされている団員を。僕たちは、この森には、赤帽子レッドキャップしかいないって聞いていたんだ。まさかさ、あんな魔物がいるなんて、冗談にしても、酷すぎるよ」


「あんな魔物?」


 ヤバい魔物のことだろうか。


「ちと訊くが、その魔物は竜化しておるのか?」


 すると、ロルシュが鼻で笑いながら、鞘から細身の剣を抜いた。


 刀身が湾曲した黄金の剣。


 ノートゥングだ。


 だが、無情にも、その刃は、ボロボロに欠けていた。


「まあ、所詮は偽物。君たちの持っている本物と比べると、遥かに耐久の劣る欠陥品さ。ただ、屠竜武器ドラゴンキラーとしては、それなりに使うことができたかな。竜化した赤帽子レッドキャップは、難なく斬ることができたからね」


 やはり教皇座聖堂騎士団が持っていたノートゥングは、模倣品だったようだ。あの時、やたらと消耗を恐れていたのは、耐久性に問題があったからだろう。


「でも、奴には、一切通用しなかった。魔物として、明らかに格が違う……」


 ロルシュが、怯えた表情を浮かべる。


「君たちも、早くここから離れた方がいい。奴はすでに、君たちに狙いを定めているはずだ!」


 俺たちが、狙われている。


 一体、どういうことだ。


 ロルシュの様子を見る限り、ただ事ではないことは分かる。


 だが、それ以上に分からないことがある。


「この森にヤバい魔物がいることは分かった。だが、魔力探知に、まったく引っかからないんだ。そんなにヤバい魔物なら、絶対に探知できるはずだろ。本当に、この近くにいるのか?」


 すると、ロルシュが鼻で笑った。


「魔力探知に引っかかるわけないじゃないか。だって奴は――」


 ロルシュの両目が、天へ向かって大きく見開かれた。


「空にいるんだから」


「なにっ!」


 俺たちは、一斉に空を見上げた。


 生い茂る木々の隙間に、群青色の空が見える。


 その空の中心に、巨大な翼を広げた黒い影が見えた。


「こりゃ、完全にしくじったのう。まさか空におったとは、想像もつかんかったわい」


「まずいわ。すでに、あたしたちの真上にいるわ!」


 ルピナスがノートゥングから、弓と矢に持ち替えた。


 優雅に空を旋回している黒い影。


 その影の中に、もう一つ、小さな影が見えた。


 小さな影は、激しく左右に動いていた。


「な、なんだ、あれは、人、か……?」


 次に瞬間、天空を泳いでいた黒い影が、翼を折り、急降下してきた。


「く、来るぞっ!」


 俺は、ハンマーを振り上げた。


 黒い影が、高速で落下してくる。


 次の瞬間、森を切り裂くような咆哮がこだました。


 大気が激しく振動して、凄まじい衝撃が全身を襲う。


 骨が激しく軋みを上げ、内臓が圧し潰される。味わったことのない激痛に、悲鳴が上がる。必死に抗って身体強化の魔法を唱えるが、付け焼刃にしか過ぎない。


「な、なん、なんだ、これ……」


 猛烈な重力に圧し潰され、身体が思うように動かない。


 刹那、断末魔とともに、目の前の木立が激しく揺れた。


 その頂点を見ると、人間らしき影が串刺しにされていた。


 陽光に照らされた群青色の魔法式服ローブが、風に強く煽られていた。


 教皇座聖堂騎士団の男だった。


 鋭く尖った木立の先端が、男の腹部を貫通し、ぴゅっぴゅっ、と血液が跳ねている。


 悪魔の咆哮が止まった。


 重力波から解放された俺たちは、一斉に、地面に崩れ落ちた。


「や、奴は、さっきの咆哮で、獲物の動きを封じ、捕らえ、そして、枝に串刺しにするんだ……」


 ロルシュが、悶えながら言った。


「な、なんだ、あれは、魔法なのか?」


 痛みがまるで治まらない。身体強化していなかったら、間違いなく、骨は砕かれ、内臓は潰れていただろう。


「いや、あれは一種の波動のようなものじゃろう。魔物は、魔法を使うことはできんが、自らの魔力を利用して、攻撃を放つ者もおる。その大半が、噛んだり、吼えたりと、原始的なものばかりじゃがな」


 ミーネが続ける。


「じゃが、とんでもない咆哮じゃったな。一体、何じゃ、あの魔物は? 明らかに格が違うぞ……」


 ヤバい魔物。


 俺は、天を見上げ、そのヤバい魔物に目を凝らした。


 逆光の中、木立のてっぺんに止まる魔物の影が映る。


 鳥の魔物だろうか。


 太陽に雲が掛かり、光が遮断され、魔物の姿が徐々に鮮明となっていく。


 鋭い嘴は、先端が黒く、鉤型に曲がりっており、大きな目玉は、黄褐色に光っていた。


 俺は、その姿に、言葉を失ってしまった。


 魔物が、黒褐色の大きな翼を勢いよく広げた。そこから露わとなったのは、立派な赤褐色の毛並みに覆われた、獅子の身体だった。


「う、うそ、だろ……」


 気が付くと、震えていた。


 あれは、魔物なんかじゃない。


 空の中にいるのは、聖獣だ。


 聖獣グリフォン。


 夢で幾度となく見た、あのグリフォンだった。

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