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天敵

「ふう、ダメじゃな、こやつの言う通り、一匹たりとも、魔物を探知することができん」


 集中力が切れ、疲れた表情を浮かべるミーネ。


 俺たちは、一度も魔物に遭遇することなく、《竜骨生物群集帯(ドラゴン・フォールズ)》の中を突き進んでいる。


「じゃあ、騎士たちは、一体、何と戦っているの?」


「わからんのう。そもそも、騎士どもの魔力も、ほとんど感じんかったぞ。一体、どうなっとるんじゃ?」


 教皇座聖堂騎士団の魔力も感じないとなると、やはり彼らは、得体の知れない何かによって、駆逐されつつあるのかもしれない。


 得体の知れない何か。


 ヤバい魔物。


「なあ、ちょっといいか?」


「なんじゃ?」


 ミーネが疲れた眼で、こちらを見上げた。


「この森は、赤帽子レッドキャップの縄張なんだろ? 大半がハーデブルクに行っているのは分かるが、森の中に一匹もいないなんて、どう考えてもおかしいよな」


 生い茂る雑草を掻き分けながら、目的地へと突き進んでいく。


「うむ、明らかにおかしいのう」


 やはり、竜骨を放置して森から消えるなど考えられない。


「もしかして奴ら、この森から出て行ったんじゃないか?」


 俺が訊くと、ミーネが苦々しい表情を浮かべた。


「森を追われたということ、か……」


 俺は、小さく頷いた。


「うむ、魔物が森を追われる理由は、大きく分けて二つある。一つは環境の変化じゃ。瘴気や魔力汚染によって、森が死んでしもうたり、戦争によって、森が広範囲に渡って伐採されたりすれば、結果として、魔物は森を追われることになる」


 ミーネが続ける。


「じゃが、この森は、以前と何ら変わりなく、至って正常のままじゃ。汚染も破壊もされておらん。ならば、考えられる理由は一つしかない」


 ミーネの表情が強張った。


「天敵の出現じゃ」


「て、天敵……?」


「魔物の世界は、絶対的とも言える弱肉強食の世界じゃ。強い魔物が、弱い魔物を屠り、その魔素を取り込む。この連鎖の中で、魔物の生態系は構築されておる。奴らの捕食対象は、魔力を宿しているすべての生物じゃからな。決して人間だけを狙っているわけではない」


「ちょっと待って、赤帽子レッドキャップの天敵って、今の赤帽子レッドキャップは竜化しているのよ! 剣も魔法も通用しない魔物を、その天敵は、どうやって襲っているのよ!」


 ルピナスの疑問に、ミーネが険しい表情を浮かべる。


「天敵も竜化しておれば、竜属性は相殺されるじゃろ」


 暗い森の中、三人の足音だけが、単調に響いた。


「つまり、赤帽子レッドキャップよりも、遥かに格上の魔物が、この森に潜んでいるということか……」


 ミーネが逡巡した。


「魔物、か……」


 ミーネが、言葉を濁した。


「じゃが、魔力探知に引っかからんのは、厄介じゃのう」


「まさか、〝眠り竜〟みたいに、魔力を消す能力を持ってんのか?」


〝眠り竜〟は、眠っている間、魔力を消失させる特殊な能力を宿していた。


「あの〝眠り竜〟というのは特別じゃな。竜族じゃからこそ宿った能力と言ってもいい。魔物は所詮、獣や妖精の成れの果てじゃ。そんな特異な能力は宿っておらん」


 確かに、知能の低い魔物に、高度な魔力制御などできるわけがない。


「ワシの魔力探知に引っかからん時点で、魔物でない可能性が高い」


「魔物じゃない、か……」


 だったら、魔族、か。


 俺の脳裏に、邪眼のバロールの姿が映った。奴は、勇者パーティーの僧侶に取り変わることで、自らの魔力を消失させ、ブルグント魔導団の魔力探知から逃れていた。あの方法を使えば、ミーネの魔力探知からも、逃れることができるはずだ。


 だが、屠竜武器ドラゴンキラーを持たないバロールが、竜化した赤帽子レッドキャップの天敵になれるわけがない。


 ――時間切れか。これ以上の監視は、我の生命にも関わる。


 バロールは、赤帽子レッドキャップの進撃を予知して、ブルグント王国から撤退したと考えるほうが無難だ。


 だったら、今、この森を支配しているのは、何者なんだ。


 結局、俺たちは、見えない敵に、右往左往しているだけだ。


 その時、俺の頬に、冷たい雫が跳ねた。


「うわっ、何だ、上からなんか落ちてきたぞっ!」


 俺は、慌てて、頬に垂れている液体を、手で拭った。


 手の甲には、赤い液体が広がっていた。


 背筋が凍りつく。


 それは、明らかに動物の血液だった。


 俺は、恐る恐る、雫が落ちてきた場所を見上げる。


 息が詰まった。


 見上げた先、屹立する大木の枝に、赤帽子レッドキャップが串刺しになっていた。


「おいおい、何で、あんなとこに、赤帽子レッドキャップがいるんだ?」


 串刺しになっている赤帽子レッドキャップは、微動すらしない。


赤帽子レッドキャップだけじゃないわ、あそこ見て!」


 ルピナスの示す先に、群青色の魔法式服ローブがはためいていた。


「まさか……」


 別の大木の枝には、教皇座聖堂騎士団の騎士が、串刺しにされていた。


「騎士どもの魔力をほとんど感じんかったのは、これが原因かもしれんな」


 騎士は、すでに絶命しており、その表情は、激しい悲愴に歪んでいる。


 死の直前、凄まじい恐怖を刻み込まれたようだ。


「騎士のほとんどが、殺されてしまったということか……」


 コイツらは、一体、何と戦っていたのだ。


 その時、茂みの奥から物音がした。


「敵かっ!」


 俺たちは、一斉に身構えた。


「な、何だ、君たちか……」


 どこか聞き覚えのある声だった。


「誰だっ、出てこいっ!」


 茂みの奥から、一人の男が姿を現した。


「待ってくれ、僕は敵じゃない!」


 教皇座聖堂騎士団の団長ロルシュが、静かに両手を上げた。

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