放置された竜骨を回収する。それが俺の仕事だ。
夢の中に、俺はいない。
学生の頃、たわいもない話の中に、昨日の夢の話が、話題に上がることがあった。
クラスの可愛い女子と夢でエロいことをした。
保健室の美人な先生と夢でエロいことをした。
推しているアイドルと夢でエロいことをした。
男子学生の会話など、ほとんどが下ネタといっても過言ではない。
たわいもない下ネタだ。
たわいもない下ネタに共感して、バカみたいに騒ぐのが、男子学生だ。
だが、夢に限っては、どうしても皆と共感することができなかった。
皆、誰かと、夢の中で、エロい行為をしている。
そう、彼らは、夢の中にいるのだ。
彼らにとって夢は、夢の中にいること、らしい。
当然のこと、らしい。
それが、どうしても共感することができなかった。
なぜなら俺は、いつも夢の外にいるからだ。
エロい行為をする夢ではなく、エロい行為を見る夢なのだ。
俺の夢は、映画館のようなものだ。
目の前に巨大なスクリーンが広がり、そこに映し出された映像をぼんやりと見続ける。
観客は、俺一人。
広い客席の真ん中で、ぽつんと一人、映し出された映像を、ただひたすらに見続ける。
これが俺の夢だ。
そこでエロいシーンが出てきても、俺は体験することはできない。
スクリーンの演者たちによって、すべて処理される。
流れてくる映像は、すべてノンフィクッションだが、内容は意味のないものが多い。
ただ、だらだらと、映像が垂れ流されていくだけだ。
そんな、わけの分からない映画を、毎夜、強制的に見せられている。
そして、朝、目を覚ますと、凄まじい倦怠感に襲われる。
そりゃそうだ。
一晩中、くだらない映画を無理やり見せられれば、誰だって、疲れるに決まっている。
そんなこともあり、俺は、万年睡眠不足だった。それに加え、仕事の激務とストレスが重なり、あっけなく過労死した。
過労死したと、勝手に解釈している。
なぜなら、気が付いたら、異世界に転移していたからだ。
俺の名前は、明日真映視。30歳。独身。元社畜のオッサンだ。
就職氷河期の真っ只中に社会に放り出され、ブラック企業を転々とした揚げ句、リーマンショックとかいう大恐慌に巻き込まれ、社会人としての人権を完全に失い、社畜と言う名の奴隷に堕とされ、あえなく過労死した不遇なオッサンだ。
そして、なぜか異世界転移を果たし、なんやかんやと口車に乗せられ、気が付くと就職していた。
異世界転移を果たして二年。
今日も俺は、危険極まりない現場で、肉体労働に従事している。
ハンマーで、骨を砕く。
これが、俺の仕事だ。
巨大なハンマーを振り上げ、地面に向かって叩き落す。
ハンマーに衝撃が走る。
目の前に、どっしりと置かれた巨大な白い塊。
そのてっぺんに、小さなひびが入った。
この巨大な白い塊は、巨大な生物の骨だ。
俺の足元には、割れた骨の破片が、いくつも地面に突き刺さっている。
俺は、再びハンマーを振り上げた。ハンマーの大きさは、俺の身長とさほど変わらない。骨のてっぺんに入ったひびに標準を合わせ、力まかせにハンマーを打ちつける。全身に衝撃が駆け抜けた。と、次の瞬間、骨に無数の亀裂が走り、いくつかの破片に割れ、中から青白い粘液が飛び散った。
空中に舞う粘液から、甘ったるい臭いが広がる。
その臭いに、一瞬だけ、頭がくらくらした。
俺は、口元に巻いた布をきつく縛り直し、ハンマーに意識を集中させる。そして、割れた骨の破片を、何度も何度も叩き、さらに細かく砕いていった。
とんでもない肉体労働である。
異世界転移を果たしたにも関わらず、俺は、今も過酷な職場で働いている。
しかし、社畜時代に比べると、労働条件は悪くない。労働時間は八時間。現場によっては、もっと短縮されることもある。休日も完全週休二日制。それに加えて、現場終了後には、長期休暇も用意されている。さらに賃金も驚くほど高い。
そう、求め続けていた労働条件が、ここにはあったのだ。
だが、旨い話には必ず裏がある。
労働環境は、とんでもなく最悪だった。
その時、すぐ近くで轟音が響いた。
音がした方へと視線を向けると、立ち込める土煙の中、巨大な骨が地面にめり込んでいた。
俺は、溜息をこぼした。
終わりの見えない仕事。
地面にめり込んだ骨の向こう側に、ぐっと視線を細める。
雲一つない澄み渡った群青色の空。
太陽から降り注ぐ眩い光。
そして、光に照らされた広大な大地には、巨大な白骨死体が横たわっていた。
それは、博物館に展示されている大型の肉食恐竜の骨に似ていた。
だが、これは、恐竜の骨ではない。
これは、竜の骨だ。
この世界では、竜骨と呼ばれている。
放置された竜骨を回収する。
それが俺の仕事だ。