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BORDER  作者: SELUM
Chapter 2 – From Stillness, Resonance
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Ep.2-2 Thread of Doubt / 疑念の糸

ファンス捜査官の言葉に違和感を抱くジャック。

ジャックは情報技術部を尋ねて情報の出どころを探りに行く。

 C S B I(都市国家捜査局)総本部の上部・〝ゲタ〟と呼ばれる部分には主要6部門のオフィスや長官室、幹部専用フロアが設置された5階建てとなっている(地上にある一般市民向けフロアを1階とするため、ゲタは2階から数えられる)。


––––C S B I(都市国家捜査局)総本部 ゲタ2階 刑事・サイバー対策部フロア


 天井高はゆったりと確保され、白とグレーを基調にした無機質なトーン。天井からはラインライトが静かに光を落とす。室内には常に人工静音処理がなされており、靴音が心地よく制御されている。

 広大なオープンデスクエリアには、タクティカルデスク群が規則正しく並ぶ。その全てにホログラム式の情報端末が設置され、青白い光が淡く室内を満たしている。壁の一部は巨大なデータモニターになっており、現在進行中の捜査件数、優先度別のアラート情報、デジタル地図上にプロットされた最新の犯罪ホットスポットなどがリアルタイムで更新されている。 

 フロアの中央には、ガラス張りの主任捜査官室が静かに鎮座する。室内の様子は外からも見える構造だが、遮蔽モードを起動すれば透明度はゼロに近付く設計だ。外壁には『Division Chief』とサイバーグリフが浮かび、入退室には虹彩認証が必須となる。そのガラス室を囲むように、複数の部門がゾーニングされている。


 一角にはユニタス(一体化)接続用ハイセキュア・データリンクルームが設置されている。厚い防音ガラスと量子暗号セキュリティに包まれたその空間では、人工電脳を介した極秘情報のユニタス(一体化)接続による解析が行われる。外部からの物理的侵入は不可能とされ、一定時間ごとにセキュリティスキャンが実施されていた。

 フロアの周囲には仮設の事情聴取ブース、証拠物管理ユニット、警備用アンドロイドの再調整区画なども設けられ、まさに都市型サイバー犯罪捜査の最前線を体現する構造となっている。

 捜査官たちは人工電脳と現実空間を自在に行き来しながら、静かに、しかし殺気立った空気の中で動いている。書類はなく、ホログラムと直結するナノインターフェイスで報告をまとめ、分析し、瞬時に上層部へアップリンクする。


 誰もが個人端末を操作しながらも、周囲のノイズや会話に鋭敏に反応していた。ホログラム越しの視線が交差し、無言のうちに情報が飛び交う空間——その中心に、ジャックの端末だけが沈黙を孕んでいた。


——ふん、シンドウ社の捜査局に加入することになって一生懸命お勉強でもしたのか?


 ジャックは拘置所でのやり取りの録画記録を見直している。ファンス捜査官の発言で一時停止して腕組みをする。画面右下の時刻は午前10時40分を示している。


(俺はこの直後、人工電脳で資料を見返した。だがその時にレイラ=シエルがシンドウ社の捜査部に加入するという情報などなかった……)


——資料を確認していないのか? 書いてあっただろう


(その後、資料を開くと『彼女がS C S I D(シンドウ社特殊捜査部)に加入する』という情報が追加されていた。更新された時間はいつだ?)


 ジャックはもう1つのモニターにレイラに関する資料を表示させる。そこからアクセスログを呼び出し、ファイルの変更履歴を確認した。


(……更新時刻、10時57分)


 ジャックは静かに息を吐いた。ファンス捜査官が発言した17分後に資料は更新されている。つまり、ファンス捜査官は、資料が公式に更新される前にこの情報を知っていたことになる。


(どういうことだ……? 俺とファンスで持っている情報が違う? いや彼のキャリアは長い。個人的な情報網があってもおかしくない。だが、それをなぜ俺と共有しなかった?)


 ジャックは記録を閉じ、天井のラインライトを見上げた。人工静音処理の効いた空間に、己の疑念だけが静かに反響する。


(情報技術部に行ってみるか。ファンスには……言わずに。もし彼が何かの陰謀に関わっていたとしたら。いや、疑いたくはないが——今は一人で確かめるべきだ)


 ジャックはデータ端末をログアウトし、IDパスを起動させながら無言で席を立つ。刑事・サイバー対策部のスキャンゲートを通過し、ゲタ内のエレベーターホールへ向かうと、虹彩認証と音声パスコードを同時に通した。


「目的地:ゲタ4階、情報技術部」


 電子音が応答し、エレベーターが滑るように上昇を始める。

 

 情報技術部はC S B I(都市国家捜査局)の全ての情報技術ニーズと情報管理を担当している。また、アスター・シティ・ステイト全体における犯罪撲滅の有効性を向上させるため、C S B I(都市国家捜査局)の知識製品の作成、共有、および適用を、より大規模な法執行機関コミュニティとともに促進している。地上1階の一般市民向けフロアに表示されている情報はこうしたプロセスを経て公開される。


 ジャックは、セキュリティチェックを受けた後に女性型受付アンドロイドに話しかける。


「アルヴァ=イーネン=ハフトを呼んでもらえるかな?」

「承知いたしました。……休憩室の方におられるようですが、ハフト様をここにお呼びしますか? それともシーカー様が直接向かわれますか?」

「あー、俺が行くよ」

「かしこまりました。個室型の方におられるようです。E–22に向かわれてください」

「ありがとう」

 

 ジャックは礼を言って受付エリアを抜ける。そのままメインオフィスエリア前の廊下を真っすぐに進む。ガラスで仕切られた向こう側には多くの情報分析官がデスクの前で作業を行う様子を見てとれる。複数の立体投影パネルが空中に浮かび、構造解析データや統計フレームが時系列に応じて自動的に切り替わっていく。ノイズキャンセル処理が施されているため、ガラス越しでも空間は異様なほど静かだ。

 

 廊下の左手に並ぶドアの1つに、青いサイバーグリフで『E–22』と表示されている。ジャックは手をかざし、認証スキャンを通過するとドアが無音で開いた。

 個室型休憩室は、狭いながらもプライバシーが保たれるよう設計されていた。シンプルなソファとモニター、壁には最新のサウンドアブゾーバ素材が使われ、内側からの音が漏れないよう処理されている。部屋の奥では、ダークブルーのジャケットを羽織った青年が足を組んで座っていた。


「……久しぶりだな、ジャック」


 アルヴァ=イーネン=ハフト。彼も今年からC S B I(都市国家捜査局)の一員となったジャックと同期の人物である。情報技術部所属のアナリストとして配属され、ジャックが数少ない信頼を置く人物の一人だ。鋭い目を細め、彼はジャックの動きを目で追っていた。


「わざわざここに来るって何事だ? アカデミー時代が恋しくて雑談に来たってわけじゃないんだろう?」


 ジャックは軽く肩を竦めながら、扉を閉めて部屋に入った。


「どうだろうな。懐かしさにやられたかもしれない」

「嘘が下手だな。で、何の用だ?」

「少し確かめたいことがある。……レイラ=エマ=シエルって名前に、見覚えあるか?」


 アルヴァは表情を崩さず、無言でジャックを見つめ返す。そしてゆっくりと立ち上がると、休憩室のコンソールにアクセスした。セキュリティ認証を通した後、天井からホログラムが展開され、検索窓とアクセスインジケーターが浮かび上がる。


「あぁ、S級ハッカーの。『美人らしい』って噂だけは、やたら広まってるな……俺は彼女の担当じゃないけど、今更新されてる情報は整理したから目は通してる。何を知りたい? 俺は情報管理、主に各部署への情報整理や更新……後は監視カメラを眺めとくような雑用やってるから力になれるか分からんが」


 ジャックはアルヴァの答えを聞いて内心、予想が的中したことに安堵した。アルヴァも自分と同じ加入してまだ1年くらいだ。いくら優秀であろうとこうした雑用をやっているだろうと考えていたのだ。


「彼女がS C S I D(シンドウ社特殊捜査部)に加入するって情報の出どころはどこだ? あと資料更新したのは誰だ?」

「えらく具体的な質問だな。……何か、引っかかってるのか?」


 ジャックは無言で頷く。アルヴァは少し目を細めて、ホログラムに手を滑らせた。


「……いいだろう。だがこれは、俺の責任でやれるギリギリの線だ。特に情報の出どころなんて危険性を考慮して普通は機密情報だからな」

「もちろん」

「分かった。なら少し時間をくれ。休憩時間が〝たまたま〟長引く日もあるよな? 俺たち1年目だし、そろそろ疲労が溜まっちまう頃合いだ」

「助かるよ」


 わずかに表情を緩め、ジャックは壁にもたれた。データビームが編み出す半透明の光列が、室内の壁面に静かにゆらめいていた。ジャックとアルヴァの間には、一瞬だけ言葉を忘れたような沈黙が生まれる。


「なるほど……。諜報部からの情報らしい」

「諜報部か」

「あぁ。正直これ以上の詮索は俺のレベルじゃ無理だ」


 ジャックは顎に手を当てながら頷いた。


 諜報部はその業務内容から情報規制が厳しい。また、諜報員の潜入内容や偽名を含めた名前を知る者は、そのリスクから直接命じた者や上層部といったごく一部の人物に限られる。


「だがそれ以上に気になるのは、資料更新がうちの主任ってことだ」

「何か問題なのか?」

「当たり前だ。主任が資料の更新なんて雑務、直接やるもんか」

「……何かあるな。更新される前からファンスはこの事を知ってたんだ」

「ファンスってお前とよく一緒にいる捜査官か? あいつ昨日ここに来てたぞ」

「本当か?」

「あぁ。……俺たちが立ち入れない階層の動きかもしれないな。こうなってくると各部署の主任と長官、一部のキャリアある捜査官は知ってるだろう」


 ジャックは鼻で軽く息を吸った後にアルヴァに伝えた。


「ありがとう。お前はもうこれ以上深入りするな」

「お前はどうするんだ?」

「俺は別の角度から事件とこの違和感を探るよ」

「気を付けろよ? 俺もパッと調べただけだが、何か臭うぞ。必要になったら俺を呼べな」


 ジャックは少し考えた後にアルヴァに告げた。


「イェンス=エカスベアがメディアで発言した資料をなるべく多く集めてくれるか? インタビュー記事やテレビやラジオ、ストリーミングサイトでの発言など何でもいい。だが、放映局に直接協力を求めるのはやめとけ。リスクが大きいからな」

「OK。切り抜きとか含めてなるべく多く集めるよ」

「ありがとう」


 ジャックは礼を言うとアルヴァと拳を合わせるフィスト・バンプをして個室型休憩室を後にした。


(予想はしていたが、手詰まりだな)


 ジャックは虹彩認証と音声パスコードを通過し、エレベーターの中で思考する。


(やはり、マルト=ジンカワからあたってみる必要があるな。彼に会う手段は限られてるが、避けて通れる相手でもない)


 低音で振動する動力音だけが、静寂の中で鼓膜に触れていた。「ゲタ2階、刑事・サイバー対策部」という聞き慣れたアナウンスの後、ジャックは誰にも目を向けず、足早にエレベーターを出て自分のデスクへ向かった。


「10日前の3月13日深夜、アップビート地区ルーキス・アベニューの被疑者レイラ=エマ=シエルによる刺殺事件の映像を出してくれ」


 ジャックは音声認証でPCに告げ、現在は『イェンス=ドレー=エカスベア殺害事件』と名称が変更されている現場の映像をモニターに映し出す。事件前後の映像を一通り見たジャックが小さく呟く。


「もっとリアルに調べる必要があるな」


 ジャックはユニタス(一体化)接続用ハイセキュア・データリンクルームの方に目をやる。


(あれ、疲れやすいからあまり気乗りしないんだがな)


 軽くため息をついたジャックは、音声認証で指示を出す。


「事件映像『311N67YUS8』をハイセキュア・データリンクルームに送信してくれ」


 リンクルームの方へと向かうジャックは、頸椎部分にあるL L(義体接続)ソケットをさする。厚い防音ガラスの前に立つと自動的に全身スキャンがされ、顔認証、虹彩認証、指紋認証をそれぞれ終えて扉が開かれる。

 中には10台のユニタス(一体化)接続用のチェアが用意され、首部分にはユニタス(一体化)接続用のL L(義体接続)リンクが剥き出しの状態で備え付けられている。ジャックは座面に腰を下ろしながら、ソケットに向かってリンクアームが自動でスライドしてくるのを視線で追った。


(……前回の接続では、妙な残像が残ったな。今回もそうならなきゃいいが)


 接続されたのを確認するとそのまま頭を下ろし、楽な姿勢をとった。


「五感情報に関してですが切断いたしますか?」

「いや、そのままで共有したい」


 AI音声の質問に対して、ジャックは即答した。ユニタス(一体化)接続では、自身のアバターが生成され、まるでその場に居合わせているかのような体験が可能となる。

 五感を繋いだままにすることで、たとえ映像であっても現場の空気や温度、足音の響きまでもリアルに感じとることができる。さらに、人とユニタス(一体化)接続すれば、その人物の五感——痛覚や触感までも共有することになる。


 目の前で起きた出来事を〝見る〟だけでは、真実には辿り着けない——ジャックはそう考えている。


「承知いたしました。今回の映像には実際の殺人行為が含まれております。五感をリンクしたまま映像をご覧になると、気分を害される可能性がございます。不調を感じた際は、速やかに接続を中断してください。切断後も体調不良が続く場合には、専門の医療施設やカウンセラーへの相談を推奨いたします」


 AIによる注意喚起が終わると、微かな振動と共にリンクが確立され、視界がスライドするように暗転していく。


(……始まったか)


 ジャックは、3月13日深夜のルーキス・アベニューと同期した。



ジャックはユニタス接続で当時の現場に接続する……!

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