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BORDER  作者: SELUM
Chapter 2 – From Stillness, Resonance
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Ep.2-1 Echoes In The Box / 密室の残響

Chapter 2『From Stillness, Resonance』開始

ソムニウムヴェレ地区のCSBI総本部にてジャック=リアム捜査官とエリオット=ファンス捜査官は拘置所へと向かう。

 メガロアーバン市:ソムニウムヴェレ地区 

 

 ソムニウムヴェレ地区はメガロアーバン市の中心地域で、ダウンビート地区とアップビート地区に隣接する。この地区は政治の中枢を担う『都市国家議会』を中心にしてカブキ・アベニュー、ナミキ・アベニュー、ギンザ・アベニューによって主に3つの地域に分けられる。


 カブキ・アベニューとギンザ・アベニューに囲まれたアルフォンソ地域は、オフィス街として発展し、そこにはシンドウ社をはじめとする巨大企業の本部が林立する。

 昼間はスーツを着たビジネスマンやエリート官僚が行き交い、ガラス張りの高層ビル群が都市の威圧感を象徴する。一方で、夜になれば仕事を終えた者たちがアップビート地区へと流れ込み、華やかなナイトライフを楽しむのが日常だ。一部、住宅街があるが、物価は極めて高く、企業の重役や政府高官の邸宅が並び、一般市民が住むには現実的ではない。


 ナミキ・アベニューを境にしてギンザ・アベニュー側は高級ブランドのショールームやガラス張りの高層ビルが乱立する。この地域はナポレオン地域と呼ばれ、一見派手に見えるが、アップビート地区のように目が痛くなるような激しいネオン光に囲まれることはなく、街の雰囲気は落ち着きがある。

 この洗練された雰囲気の背景には、隣接するアルバス地域の存在がある。この地域は、旧地球パレオ・アースの伝統、特にシンドウ社発足の地、日本の伝統を重んじる。竹を基調とした街灯や、和紙を使用した建築装飾が見られ、様々な伝統工芸品が立ち並ぶこの地域の歴史的価値は非常に高い。アルフォンソ地域とナポレオン地域という巨大地域に挟まれているものの、アルバス地域のデザインがこの両地域にもふんだんに使用されているため、派手さの中にどこか質素で気品のある街づくりがなされているのである。


 アルフォンソ地域にはC S C(都市国家議会)と向かい合うようにしてC S B I(都市国家捜査局)総本部が建設されている。高床式倉庫をモデルにしており、巨大な高下駄の形をした建物が、四本の柱で宙に浮いているかのような構造をしている。上部には主要6部署の各オフィスやトレーニング室、犯罪対策室などが用意され、下部には駐車場と拘置所が設置されている。

 上部と下部の間はガラス張りの広場のようになっている。そこには市民向けの情報端末が設置されており、訪問者は犯罪データベースの閲覧や相談が可能だ。また、設置された巨大なモニターには最新の指名手配犯の顔写真が流れ、付近の犯罪発生率や注意喚起がリアルタイムで表示されている。

 上部と下部を支える『足』と呼ばれる4つの巨大な柱の中には車両用エレベーターと人荷用エレベーターがある。車両用エレベーターは下部にのみ接続し、センサーが反応してC S B I(都市国家捜査局)専用車両と一般車両を区別し、それぞれ専用の駐車場へと自動で移動する。


 駐車場と拘置所を接続する階段を2人の捜査官、ジャック=リアム=シーカーとエリオット=デル=ファンスが降りる。ファンス捜査官は口元を緩ませて必要以上に足音を立てながら歩く。


「ジャック。何をそんな辛気臭い顔をしとるんだ」


 ファンス捜査官とは対照的に、腕を組んで眉間に皺を寄せ、目を伏せていたジャックが顔を上げる。歩きながら人工電脳で資料を確認し、ため息をつく。ファンス捜査官は拘置所へと続く手動扉を開いて先に中に入り、続くジャックを見ながら鼻を鳴らす。


「1人犯罪者が捕まったんだ。何を考える必要がある」

「しかし、俺たちは実際の現場を見ました。報告による状況は……明らかに変わっている。会って話を聞かないと」


 ジャックの言葉を聞いたファンス捜査官は大口を開けて大げさに笑った。


「ふん、あの女も大したことがなかったということだ。これまでは運良く逃げ延びていたかもしれんがな。所詮はクオ……どこの社会にも適応できん荒くれ者だったということだ。これから余罪も増えるだろうな」


 ファンス捜査官はどこか声を弾ませながら僅かに肩を揺らして進む。ジャックはファンス捜査官に視線を走らせたが、何も言わずに歩き出した。その背は少しだけ沈んでいた。


 廊下は無機質な灰色の金属で覆われていた。壁には微細な縦のラインが無数に走り、光を受けると鈍く反射する。床は黒に近い深いグレーで、歩く度に硬質な靴音が響き渡った。天井のパネルライトは青白く光り、僅かに明滅を繰り返している。その光は薄く靄のようなものを帯び、壁や床にうっすらと影を落としていた。

 

「……あの女に会って何の意味がある?」


 低い声でファンス捜査官が問いかける。ジャックは正面を向いたまま答えなかった。歩調を乱さず、ただ前へと進む。


「ただの犯罪者だ」


 ファンス捜査官の言葉は硬い。ジャックは無視するように静かに息を吐いた。


 2人は特殊サイバー犯罪者が拘束されている拘置所の入り口に立つ。天井の角には監視カメラが並び、赤いインジケーターが静かに点滅している。壁面には認証パネルが設置され、警備用のロックが施されていた。ドアの前に立つと、ファンス捜査官とジャックの全身がスキャンされる。最後に虹彩認証が終わるとAIの機械的な声が響く。


「アクセス承認。制限解除」


 重厚なドアがゆっくりとスライドし、冷たい空気が廊下に流れ込む。ジャックとファンス捜査官は無言でその先へと歩を進めた。円筒型スチール製ボディーの監視ロボット数台が床を滑るようにして動き、アンドロイドが銃火器を持って見回っている。


「エリオット=ファンス捜査官、ジャック=シーカー捜査官、こちらです」


 アンドロイド2体に連れられて目的の拘置所まで辿り着く。再び生体認証を終えて『N1927645C』と書かれた扉が開かれた。

 部屋には窓がなく、青白く無味乾燥な空間が広がる。壁側にベッドが置かれ、部屋の隅には簡易的な仕切りのあるバスルームが設置されている。中央には1台の机があり、手錠をかけられた銀髪の女が座っている。首には『電脳封鎖カラー』と呼ばれる首輪型の装置が着けられていた。これによって人工電脳による外部通信が遮断され、義体に制限がかけられている。


「惨めだな、レイラ=エマ=シエル」


 ファンス捜査官が嘲笑いながらレイラに告げた。レイラは顔を上げてファンス捜査官を見ると、深くため息をついた。


「捜査官が面会に来るって聞いて、退屈しのぎになると思ってたんだけど……見慣れた顔でがっかりね」


 ファンス捜査官は鼻で笑ってレイラの正面の椅子に座る。レイラは顔を少し横にずらして壁にもたれて腕を組んでいるジャックを覗き込み、微かに笑う。卵型のオーバルフェイスが特徴的なレイラが表情を緩めるとより幼く見える。

 何かを企んでいるのか、若手のジャックが難しい顔付きをしているのが単純におかしいのか、レイラの顔を見るだけでは判断がつかない。


(β年齢は23歳。俺より3つも若い)


 ナノマシンαに蓄積された生体情報によって、完全義体化の際に自身の好みの年齢での外見を選択することができる。そのため、見た目から実年齢を判断することは不可能だ。だが、生体検査により、完全義体者のナノマシンβを分析することで実際の年齢を特定することができる。これは『β年齢』と呼ばれ、それに対し、義体によって選択された外見上の年齢は『α年齢』と呼ばれる。


「見た目であの小娘に惑わされるな」


 レイラの死贈メメント業を担当する度にファンス捜査官が周囲に言っていた言葉である。ジャックは改めてこの言葉を噛み締める。

 ジャックはレイラのα年齢とβ年齢に差があると考えていた。しかし、どちらも23歳であると分かった今、彼女の仕事ぶりや冷静さは年齢から考えれば異常である。明らかにこの若さからは考えられないほどの経験を積んでいる。ファンス捜査官の真意は、童顔寄りの見た目と年齢で油断するな、ということだったのだ。


「お前が約1週間前に死贈メメント業として殺害したマルト=ジンカワ氏の死体に関してだが、2日前、別の人物の死体であったと発覚した。名前はイェンス=ドレー=エカスベア。この名に覚えは?」


 ジャックはゆっくりと近付き、机上に書類を広げる。さらにタブレットからイェンス=エカスベアの全身をホログラム機能で映し出す。


「紙の書類なんて久しぶりに見たわ」


 レイラはその質感を楽しむように撫でながら資料に目を通す。ファンス捜査官は大きく息を吸い込んで腕を組んでレイラを睨みつけた。


「貴様のようなハッカー対策にはもってこいだからな」

「三重封鎖なんてご大層な仕掛けまでしているのに随分と臆病ね」


 レイラはそう言って部屋全体を見渡す。


 特殊サイバー犯罪者を拘束する際、電脳封鎖カラーの他にさらに2つの仕掛けが施される。

 1つは『量子ノイズ拘束』と呼ばれるものだ。これは、レイラの神経インターフェイスにノイズを送り込むことで処理速度を低下させる。これにより義体の操作にズレが生じ、機械的な正確さや改造義体の機能が失われる。

 もう1つは『電脳妨害』である。レイラの電脳ネットワークを完全に遮断する。一般的な通信網ではなく、義体制御ネットワーク、外部ハッキングシステムのみを狙い撃ちし、義体機能や外部ハッキング能力がほぼ無力化される。

 万が一、電脳封鎖カラーが外されたとしてもこの2つの電脳、及び義体への妨害が継続される仕組みである。また、管理プロトコルによって登録された捜査官や警備ロボット、アンドロイドは影響を受けないために脱出はほぼ不可能である。


「ふん、確かに必要ないかもしれん。初歩的なミスでこうして勾留されているのだからな」


 ファンス捜査官はそう言った後に腰元の端末を操作し、ノイズレベルを段階的に上げた。レイラはそれによって生じた痺れによって僅かに顔を歪めた。ファンス捜査官はそれを見逃さず、三重封鎖がしっかりと機能していることを確認した。


「貴様に対するS級ハッカーというこちらの査定は過大評価だったということだ。ただの1ノマドの小娘だったわけだ」


 ファンス捜査官はレイラを馬鹿にするように笑う。痺れを切らしたジャックはもう一度静かにレイラに尋ねる。


「このイェンス=エカスベア氏に覚えは?」


 レイラはホログラムの顔に見向きもせずに話し始める。


「覚えも何も有名よね? 元軍人の反シンドウ派。コメンテーターとしてメディアで声高に批判を展開していたわね。一企業が部隊を持つべきでないって。彼の主張には矛盾が大いにあったように私は感じていたけど……。シンドウとしての公式見解は市警やC S B I(都市国家捜査局)A C S A F(都市国家軍)との連携で捜査、治安維持に貢献しているのであって企業利益のために動かすことはない、だったかしら?」

 

 ファンス捜査官が顎を上げて椅子の背にもたれながら口を挟む。


「ふん、シンドウ社の捜査部に加入することになって一生懸命お勉強でもしたのか?」

「あら、耳が早くて偉いわ。価値観があまりにも古いから情報を仕入れるのが苦手なのかと思ってた」


 ファンス捜査官が身を乗り出して勢いよく机を叩く。レイラは再び上げられたノイズレベルに耐えながら顔色を変えない。ジャックは自分の資料ファイルを更新して、ファンス捜査官の方を見た後に静かに話を続ける。


「知っているのはそれだけか?」


 レイラは視線をジャックにゆっくりと動かし、軽く目を細めた後に「どうしても私に言わせたいのね」と呟いて小さく息を吐いた。


「私は面識ないけど彼、ノマドの仕事を奪おうとしていたから評判悪かったわよ。死贈メメント業をはじめとする輸送・護衛といった仕事も全て警備関係にすることを主張していたから。もしそんな事をすれば多くのノマドが文字通り路頭に迷うことになるんだけどその対策は何も講じず。軍人らしい短絡的な考えよね。そして約1ヶ月前、行方をくらませた。彼を嫌うノマドが誘拐したのではって話だったけど」


 ファンス捜査官は待っていたとばかりに拳で軽く机を叩き、レイラに告げる。


「動機は十分だな。お前が誘拐し、マルト=ジンカワ氏の死贈メメント依頼を利用してイェンス=エカスベア氏の死体を隠蔽しようとした。だが、お前の経験不足か、詰めの甘さか、失敗したというわけだ」


 レイラは口笛を吹いてファンス捜査官を皮肉る。


「事件解決ね。さすがだわ」

「本当にブタ箱行きとはな」

「ブーブー」


 ファンス捜査官はこれ以上話すことはないと言わんばかりに勢いよく立ち上がると、扉の方へと向かった。ジャックは微動だにせずにレイラを見つめる。


「ジャック、何をしている。早く行くぞ」


 ジャックはゆっくりとファンス捜査官に付いて部屋を後にした。レイラは首をコキッと軽く鳴らした後に立ち上がり、ベッドの上に寝転がった。



「ファンス捜査官」


 警備アンドロイドに連れられながらジャックがファンス捜査官に話しかけた。ファンス捜査官は返事はせずにジャックの方を向く。


「彼女がS C S I D(シンドウ社特殊捜査部)に加入することになったという情報はどこから?」


 ファンス捜査官は正面を向き直してやや歩を早めて答える。 


「資料を確認していないのか? 書いてあっただろう」


 重々しいドアが開かれると、一般拘置所の無機質な灰色の廊下が続く。1つの電球が点滅した後に切れ、陰のある範囲が作られる。


「そう……ですか」


 ジャックは言葉少なにそう言うと、人工電脳によって開いていたレイラ=シエルに関する資料を閉じた。



次回、ジャックの違和感が輪郭をなしていく。

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