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BORDER  作者: SELUM
Chapter1 - Scouting
2/19

Ep.1-2 That Shit Is Easy To Handle / あのバカは扱いやすい

「クソが」


 C S B I(都市国家捜査局)のベテラン捜査官、エリオット=デル=ファンスはレイラからのメッセージ内容に苛つきを隠さずに吐き捨てる。そしてファンス捜査官は息を引き取ったばかりのマルト=ジンカワの遺体を蹴飛ばし、怒りをぶつけた。

 旧地球パレオ・アースにおけるスリナム系オランダ人の血を引くファンス捜査官は恵まれた体型と生来の肉体に誇りを持っている。そのため、中枢神経系(脳と脊髄のことである)にナノマシンを融合させて電脳化をしている以外は何も手を施していない。つまり実質的に全て生身であり、『全身義体』もなされていない。


「ファンス捜査官、遺体には敬意を払いましょうよ」


 今年、C S B I(都市国家捜査局)アカデミーを卒業して晴れてC S B I(都市国家捜査局)捜査官となった新人のジャック=リアム=シーカーが、先輩であるファンス捜査官をなだめようと努める。


「ふん、一丁前に偉そうなもんだなジャック。だがな、生まれ持った身体を捨てるような奴に敬意など払えるか」


 ファンス捜査官の特徴的な分厚い唇が小刻みに震え、ジャックを高圧的に睨みつける。ジャックは肩をすぼめながらファンス捜査官に告げた。


「そんなこと言っていたら、時代遅れって言われますよ。もう誰も生身か機械か、だなんて気にしちゃいません」

「ふん。人間をやめることが進歩なのか?」


 ファンス捜査官は鼻を鳴らした。


 義体化技術が生まれたのは1世紀以上前の2027年である。最初は、脳にマイクロマシンを注入して外部とリンクさせる『電脳化』が始まりだった。その後、電脳化技術の発達により、脳神経と機械の接続技術が確立、中枢神経系以外の肉体を機械で代行する『義体化』と呼ばれる技術が登場・発達した。この時、中枢神経系を除く肉体を全て義体化した状態を『全身義体』と定義した。

 2030年代にはマイクロマシンよりも極小のナノマシンに取って替えられ、電脳化が効率化していった。これにより電脳化及び義体化は広く普及し、人類の進化を加速させた。


「そんなこと言ったら俺やトウコ捜査官、ましてや局長に至るまで完全義体にしているんですよ。脳の寿命が120年? もうそんなの古い話です」


 ジャックは軽く笑う。ファンス捜査官はわずかに唇を歪め、マルト=ジンカワの遺体を見下ろすと絞り出すようにして呟いた。


「……だからこそ、こういう奴を軽蔑するんだ」


 ジャックは若者のさがか、ファンス捜査官を納得させようと畳み掛ける。


「完全義体なら、肉体はもうデータみたいなものですよ。20歳を超えればいつだって好きな身体を選べるんですから」

「そんなもんに3〜5日もかけるのか? バカバカしい」


 ファンス捜査官は拳を握り、自身の肉体を確かめるように太もも辺りを叩く。そんなファンス捜査官の様子など目もくれずにジャックは得意そうに話す。


「今は生まれた時からナノマシンを注入するのが普通で、神経系の成長も全部予測できるんですよ? たったの数日で出来るのであれば安いもんです」


 突如、ジャックとファンス捜査官の電脳に通信が入る。2人が通話に出ると若い女が話しかけてくる。


——相変わらず頭が固いのね、エリオット捜査官


 通信相手はレイラ=エマ=シエルである。 レイラの口ぶりはまるで今までのジャックとファンス捜査官の会話をすぐ側で聞いていたかのようだ。ファンス捜査官の怒りが一瞬にしてレイラへと向けられた。


——性懲りもなくハッキングして見ていたな!? どれだ! どのカメラだ! この小娘が!


 ファンス捜査官は歯ぎしりをして足元を踏みしめながら周辺の監視カメラを見渡し始める。レイラはケラケラと馬鹿にしたように笑う。ファンス捜査官の悪態を無視して答えずに、先ほどから聞いていたであろうジャックとファンス捜査官の議論に入り込む。


——ナノマシンαが発明されてから出生時には皆んな注入されているのよ? 原理主義者のエリオット捜査官、あなたの肉体にもね。中枢神経系や細胞と結合してDNA配列の分析と情報の蓄積を担ってる。その時点でもう生身じゃなくなーい?


 電脳上でビデオオンにしたレイラは舌を出して戯けた表情をファンスに向けた。ジャックは顎に手を置きながら呟いた。


——確かに

——ジャック、お前どちらの味方だ


 ファンス捜査官は現実世界でジャックの肩を小突いた。レイラは笑いながらジャックにサムズアップし、話を続ける。


——それでαが蓄積したデータをネット上で抽出して、人工的に造られた中枢神経系と結合、意識や記憶をアップロードする役割のナノマシンβ。βからの情報を信号化するのがナノマシンγ。さらにγと必要なエネルギーを全身に巡らせて循環させるための人工血液ネクタル・ブラッド。画期的よね。これで脳や脊髄まで機械化した『完全義体』が出来上がったのだもの


 『脳の寿命は約120年である』という定説から、全身義体においても未解決となった〝不老〟という普遍の課題を解決するために、飽くなき探究心を持つ科学者たちは熱心な研究を続けた。この問題を解決した1人の天才がいた。


——アオイ=シンドウ氏のおかげでな


 これまで鼻息を荒くしていたのが嘘のようにファンス捜査官の声色は落ち着いていた。アオイ=シンドウという名を告げる時、ファンス捜査官は噛み締めるようにして発しており、それには尊敬の念が込められていた。そんなファンス捜査官の様子を見てレイラはある指摘をする。


——あなたの嫌う義体化、完成させたのはアオイ=シンドウ。そう、この都市国家を牛耳る大企業シンドウ・コーポレーションの人間よ。C S B I(都市国家捜査局)のあなたがそんなんで良いのかしら? 矛盾してるわよ


 レイラの言葉が図星だったのが、ファンス捜査官に数秒の沈黙が訪れる。その後、苦し紛れにレイラに告げる。


——シンドウ社の方々や政治家の先生、局長やジャックは信念を持っているから完全義体であっても問題ないのだ。貴様と違ってな

——そういうの、二重規範ダブルスタンダードって言うのよ


 ファンス捜査官の返答に対して即座に放ったレイラの言葉にファンス捜査官はバツが悪そうにして口をつぐんだ。


——ちょっとお掃除、全然進んでないじゃない。エリオット捜査官はお部屋と同じでお片付けは不得意なのかしら?


 レイラは勝ち誇ったような表情を見せながら現場となった通りの様子を見てファンス捜査官に告げた。即座にファンス捜査官が否定する。


——ふん、余計なお世話だ。それに俺の部屋は片付いているぞ女狐が

——あらそうかしら?


 レイラはそう言うと、ファンス捜査官に1枚の画像を送信する。床にはタブレット雑誌や食べ物、ペットボトルが散乱し、ベッドの上にはポルノ雑誌と思われるタブレットが置かれている。お世辞にも綺麗な部屋とは言えない状態である。


——お前……!!

——あらどうしたの? ネットにあった画像を適当に引っ張ってきただけよ?

——いつか痛い目に合わせてやるからな、この社会不適合者クオブ


 ファンス捜査官がレイラを最大級に侮蔑した差別用語を発したことでジャックの怒りが最高潮に達した。するとジャックのM B(人工電脳)通信に対してのみビデオ・オンにしたレイラは、少しだけ尖らせた口先に人差し指を当てながら彼にウィンクする。レイラの愛くるしい仕草はファンス捜査官に対するジャックの感情を少し和らげた。その隙にレイラがファンス捜査官への挑発を続ける。


——あら、じゃあそんな私に保障してくれないかしら? 私腹を肥やしているだけの子豚さんたちを何人か切り離すだけでもだいぶ変わると思うのだけれど

——政治家の先生方を馬鹿にするなど……! 必ず豚箱にぶち込んでやるからな!

——ブーブー


 最後まで小馬鹿にした態度を崩さなかったレイラは満足したのか、2人への通信を一方的に切った。ログは完全に消されており、ジャックとファンス捜査官へのハッキング行為はおろか2人との通信の痕跡すらも残されていなかった。

 エリオット捜査官の「クソが!」という咆吼を尻目にジャックを含めたC S B I(都市国家捜査局)捜査官たちは現場検証へと移った。


 ファンス捜査官は鼻から勢いよく息を噴射すると、黙ったままマルト=ジンカワの頸椎にあるL L(義体接続)ソケットに自身の端子を接続した。


 ジャックはトップとサイドを同じ長さに切り揃えたセイムレイヤースタイルにブルネットカラーの髪を少し掻きながら、保守的なファンス捜査官に内心うんざりしていた。小麦色に焼けたジャックの白肌が少し紅潮していることから若干の怒りも混じる。


「ファンス捜査官はお嫌いかもしれませんが……レイラ=シエルの手際の良さは他のノマドとは比較になりませんよ。F E(フェイス・エラー)ウイルスだって我々の後始末の軽減に繋がるわけですし」


 遺体がマルト=ジンカワであることを情報技術部とのやり取りで確定させたファンス捜査官はL L(義体接続)端子を乱暴に引き抜くと、ジャックを睨みつけた。


「そのF E(フェイス・エラー)ウイルスはどうやって拡散させたんだ? ん?」

「それは……」

「どう考えても違法なハッキング行為だ」

「しかし、証拠はありません」


 ジャックの言葉を聞いたファンス捜査官は大笑いする。笑い声と同時に目の前の街灯が点滅し始めたのは、まるでファンス捜査官の()()()()が入ってしまったことを宣言しているようで周りの捜査官は彼から距離を取った。ファンス捜査官は立ち上がってジャックと正対すると、飛沫を散らしながら返答し始めた。


「証拠がないだと? だからと言って追求しないのか? 目の前の重大犯罪を?」


 ジャックも負けじとファンス捜査官に言い返す。


「そもそも、これはここアスター・シティ・ステイトの認可職である死贈メメント業です。場合によってはハッキング行為は許されるはずです」

「それは常識的な範囲内での話だ。これはあまりにも大規模だ。あの女のことだ、ジンカワを見つけ出すのに大規模ハッキングをして特定し、それだけだと面白くないとかいうくだらん理由と自身のハッキング技術を誇示するためにやったに違いない!」


 ふっくらした頬をさらに膨らませて興奮した様子のファンス捜査官に気圧されながらもジャックは反論しようとする。


「何を根拠に……」

「奴の馬鹿にしたような態度で分かるだろう! あのデラシネが……」


 ファンス捜査官がまたも口走った差別的な言葉にジャックは不愉快と言わんばかりに顔をしかめた。それを見かねた化学技術部のトウコ=ムアンテ捜査官がファンス捜査官の発言を注意し、話を遮った。


「ファンス捜査官、差別用語ですよ。場合によっては懲戒免職の対象になります」


 特定の組織に所属せずに仕事仲介役フィクサーなどを通してフリーランスで仕事をする者たちを〝ノマド〟と称する。ノマドの中で郊外・モルスヘレナ出身である者たちを侮蔑する呼称として〝デラシネ〟という言葉が存在する。

 さらに、より侮蔑する言葉として〝クオブ〟という言葉がある。モルスヘレナ出身者たちはその地域によって集団ファミリーを形成する。その集団ファミリーの規範に反して離脱し、一匹狼として生活する者たちを信念のない者と軽蔑する意味で社会不適合者クオブと差別的に称する。


「私自身、野放しにされているノマドに疑問はあります。しかし、一般人が敬遠するような仕事を担っているのも事実。彼らの神経を逆撫でするような差別用語で暴動が起こったら……。想像するだけでも私はゾッとします」


 トウコ捜査官にまで諫められたファンス捜査官は低い唸り声を上げると近くの別の捜査官が手に持っていたペットボトルをひったくるようにして取り上げると、一気に飲み干して道に投げ捨てた。その後、ファンス捜査官はC S B I(都市国家捜査局)本部に通信し、現場の様子を報告するのであった。


——相変わらずエリオット=ファンスを馬鹿にするの好きだな

——絵に描いたようなバカって扱いやすいわよね


 ダウンビート地区のカズナパーク屋上に戻ってきていたレイラはカークとM B(人工電脳)通信をしていた。


——これから帰って編集か?

——まさか。帰って寝るわよ。起きたら編集するわ

——さすがに深夜だしな

——1週間後の報酬楽しみにしとこうかな


 そう言ってカークとの通信を切ったレイラは、乗客輸送会社・エスコートの乗客サービスAI『ノア』に連絡を入れる。


——こんばんは、レイラ=エマ=シエル様。いつもエスコートをご利用いただきありがとうございます

——L F(浮遊車)1台、カズナパークの屋上によろしく

——かしこまりました。2分ほどお待ちくださいませ


 LFとはLuft(ルフト) Fahren(ファーレン)のことで空中を浮遊して移動することが可能な車両のことである。ノアの言った通り2分ほどしてから流線型でネイビーカラーのL F(浮遊車)が空から現れ着陸する。


「自宅までお願い」

「ノックス市アロアステル地区1247ルーファス・ロードでお間違いないですか?」

「えぇ」

 

 L F(浮遊車)に乗り込んだレイラが目的地を指定すると、タイヤが横向きに変形する。ホイールからジェットエンジンが起動すると、反重力テクノロジーも相まって車体が浮き上がる。レイラを乗せたL F(浮遊車)はそのまま彼女の自宅のあるアロアステル地区へと静かに飛び立った。




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