第27話 記録されなかった少女
その日、ナイ課に一つの箱が届いた。
段ボール。
差出人は中央収容管理局。
中には、厚みのある管理書類一式と、簡易制御装置――
そして、添えられていたのはたった一文だった。
『対象は別便で移送中。分類は未定。ログ記録不可。』
「……なんか、やけに軽い扱いですね」
俺が呟くと、ミカはタブレットをスクロールしながら苦笑した。
「この子、“分類不能”ですらない。“記録不能”。
ログにも異能にも、何一つ反応しなかったらしいわ」
「そんな人、いるんですか……?」
「人間としては“存在している”けど、“記録できない異能を持っている”。
――そういう扱いね。幽霊じゃないわよ」
ミカがさらりと釘を刺す。
つまり、これは“記録の構造をすり抜ける異能を持った人間”ということだった。
「テンヨウと一緒に迎えに行って。
護送車、30分後に区境ゲート着くって」
***
護送車の中、テンヨウは端末を確認していた。
「過去ログ、すべて空白。分類コードなし。記録者の署名もなし」
「誰にも、分類されていないってこと……?」
「正確には、“分類しようとされたが、できなかった”。
記録構文の発動条件にすら引っかからなかった。
これは、珍しいケースだよ」
***
ゲート前。
静かな場所に、彼女はいた。
小柄な体。年齢は10〜12歳ほどだろうか。
目は開いているのに、“見られている”という感覚がなかった。
存在が、どこか薄く、膜越しに見ているような違和感。
テンヨウが一歩踏み出し、静かに手を差し出す。
「こんにちは。僕たちは――」
だが、その場で立ち止まる。
「……“追録”が起動しない」
「え?」
「記録ログにアクセスできない。
追体験以前の問題。記録に反応が起きてない」
俺は慎重に手帳を開き、異能を起動する。
だが、視界に属性ラベルは――浮かばなかった。
「……出ない。
異能が“無反応”です」
テンヨウが口元を引き締める。
「記録も分類も、あらゆる観測がスルーされてる。
けど――存在は、確かにある」
「……記録されないだけで、そこに“いる”」
その矛盾が、ひどく恐ろしく思えた。
***
ナイ課に戻ってすぐ、ミカがログを解析した。
「……これはひどいわね。
カメラも構文波も、ログに“存在してない”判定。
だけど、生体反応はちゃんとある」
「やっぱり、見えてるのに、記録されない……」
俺の言葉に、テンヨウが頷く。
「記録という“網”に引っかからない異能。
でも、それを持ってるのは間違いなく“人間”だよ」
「異能の分類ができないだけで、“得体の知れない存在”ではない。
あくまで、“ログに映らないだけ”」
ミカの言葉は、あえてハッキリとそう言っていた。
***
夕方。
少女は言葉を発することはなかった。
ただ、俺のそばに近づいてきて――
手帳のページに、そっと手を置いた。
ページをなぞるだけ。
まるで、“何かを書きたそうにしている”かのように。
九重がぽつりと口にした。
「“記録できない分類対象”って、
どこに記録するんだろうな」
「……でも、“ここにいた”ってことだけは、記しておきたい」
俺の呟きに、ミカが小さく笑った。
「そういうときのためにナイ課があるんでしょ?」
一条が、黙って彼女を見つめていた。
その目は、わずかに細められ、警戒の色を含んでいる。
「……感じますか?」
「何も。
ただ、“ここにあるはずのものが、見えてない気がする”」
その違和感は、彼なりの危機察知だった。
***
夜。
俺は手帳を開き、しばらく迷ったあと、静かに記した。
【記録対象:分類保留】
【属性:記録不能】
【仮称:なし】
【備考:分類・記録の反応なし/存在認知のみ確認】
【記録者:瀬野晴真】
最後に、ページの余白へそっと言葉を添える。
【彼女は記録されなかった。
でも、確かに“ここにいた”。】
そして、そっとページを閉じた。
彼女の名前は、まだない。
でも、これはきっと――最初の記録になる気がしていた。




