第24話 システムに認められなくても
朝、ナイ課にそれは届いた。
中央分類監査局発――
セレクター署名付きの、正式な監査通知書。
【通知:記録監査対象者に関する権限一時停止措置について】
記録者コードの不一致により、分類記録の正当性に重大な疑義が生じました。
本件記録者(瀬野晴真)による分類記録については、
監査完了までの間、すべての記録作業を停止してください。
(対象記録の継続行為は無効化される場合があります)
その文面は、冷たく、事務的だった。
俺は紙面を見つめたまま、指先がわずかに震えた。
最初に声を発したのは、ミカだった。
「……やっぱり来たか」
「これって……」
テンヨウが眉を寄せる。
一条は何も言わずに通知書を一読し、机に戻った。
九重が苦笑する。
「まぁ、そうなるだろうとは思ってたよ」
「これって……俺の記録は、無効になるってことですか?」
「“今すぐ無効”ってわけじゃない。ただ、“保留”だ。
監査が終わるまでは、正式な記録とは認めない――そういうことだろうな」
九重はどこか割り切ったような声音だった。
***
午後。
ミカとテンヨウが、俺の代わりにログ管理に入っていた。
「晴真の記録が止まってる間、私たちで補助する。
……これは命令じゃない。“選択”としてやるから」
「ありがとう……」
ログモニターには、断続的な波形。
その中に、異常なパターンが浮かび始めた。
【ログ状態:断続的ノイズ/構造不安定】
【記録傾向:過去ログとの干渉/重複干渉】
【警告:記録錯乱(Overlap Echo)発生】
「……これ、ただのノイズじゃない」
ミカが画面を指差す。
「過去に記録された“声”が、今のログに干渉してる」
テンヨウが小さく息を呑む。
「まるで……過去の“消された記録”が、今、蘇ろうとしてるみたいだ」
モニターには、聞き覚えのある断片が映った。
『……ぼく、は……ここに、いた……』
『……きみ、に……わすれられたくなかった……』
「これ……」
俺は手帳を開いた。
たとえ公式記録者ではなくなっても――
俺は、そこにいた事実を、残したかった。
***
夜。
ナイ課には、静かな空気が流れていた。
テンヨウが俺の隣に座る。
「晴真くん。
記録ってさ、“誰の許可”がいるものなのかな」
「……」
「たとえ公式に認められなくても、
君が“見た”こと、“聞いた”こと、“覚えてる”こと――
それは、君だけの記録だよ」
俺はページを開く。
公式記録ではない。
でも、確かにここに、“彼”の声がある。
【非公式記録:記録対象No.005(仮称ハルノ)】
【観測ログ断片:「……こえ、とどく……?」】
【記録者:瀬野晴真(私的記録)】
システムに認められなくても、
組織に消されても、
それでも。
俺はここにいた。
君を見ていた。
君の声を、聞いていた。
ページを、そっと閉じる。
それだけは、誰にも奪わせない。




