第23話 記録されなかった声は、まだ続いている
再分類報告書――
それは、かつて分類不能とされた存在に対し、
正式な“定義”を与える文書。
俺は端末に向かい、静かに指を走らせていた。
【分類対象:No.005(仮称ハルノ)】
【分類状態:継続的観測下/自己定義未完了】
【対応方針:記録型分類継続】
【備考:“名を与える”ではなく“名を聴く”記録の形】
「……あんたの報告書って、分類報告っていうより、手紙みたいね」
ミカが背後からぽつりとつぶやく。
「感情入りすぎ。分類者って、もっと機械的に書くもんでしょ」
「でも彼には、“機械的な名前”がついてた。
だからこそ、俺はその続きを……ちゃんと“人として”残したいんだ」
テンヨウが微笑む。
「うん。
君はたぶん、“定義する記録者”じゃなくて、“一緒に揺れる記録者”なんだね」
少しだけ、息が軽くなった気がした。
***
その日の午後、ミカの端末にエラー通知が走った。
「……これ。見て」
映し出されたのは、五年前の初期記録ログ。
E-03によって分類された直後――
そのログの一部が、不自然に“切れていた”。
【記録ファイル:断片データ検出】
【記録時刻:202X/03/17 18:44】
【状態:一部削除/復元不能領域あり】
【削除理由:記録整備指示による】
「……誰かが、意図的に“消した”?」
「記録全体じゃない。“一部”だけ。
痕跡が残るように、でも“内容”は抜かれてる」
テンヨウが小さく呟く。
「記録者自身じゃない可能性もある。
監査か、あるいは……もっと上の誰か」
【削除対象:発話ログ(詳細不明)】
【監査署名:中央分類監査局/セレクター名義】
俺は言葉を失った。
「……セレクターが、関与してたのか……?」
ミカが、低く沈んだ声で言葉を継ぐ。
「しかも、削除理由は“整備”って曖昧な言葉。
要は、“残すべきでないと判断された情報”だったのよ」
俺の中で、何かが軋んだ。
「“記録されなかった”んじゃない。
“記録させなかった”んだ……」
***
夜。
俺は正式な報告書の末尾に、こう記した。
【補足所見】
対象は、名を与えられることで自己を失った。
しかし、対話的記録の中で、初めて“言葉”を返した。
記録は継続中であり、分類には至らず。
それでも、“彼は確かにそこにいた”。
提出ボタンを押した――その瞬間。
【警告:記録者コード不一致】
【現在の記録者:瀬野晴真】
【システム認識記録者:不明(E-03)】
【記録者重複の可能性:高】
【継続には“監査申請”が必要です】
「……なっ……?」
テンヨウが覗き込む。
「君の記録が、“正式な記録者のものじゃない”と認識された……?」
ミカが解析を試みるが、すぐに画面が切り替わった。
【監査警告】
分類対象No.005は、“既に記録完了”と判断されます。
記録の継続は、組織基準に基づく“重複行為”とみなされる可能性があります。
俺は、手帳を強く握った。
「……ふざけるな」
言葉が、自然と口を突いて出た。
「記録が終わってる? ふざけるなよ……
“名前を呼ばれてない声”が、まだこんなにあるのに……
それを“終わった”って言うのか……?」
ページの余白に、強くこう記す。
【記録継続意思:明確にあり】
【理由:過去記録は不完全】
【分類は未完了。存在は消えていない。】
【声は、まだ続いている】
たとえこの記録が、“正当ではない”とされても――
俺にとっては、ここが出発点だった。
記録者の名を奪われても、
この声だけは、絶対に奪わせない。




