第18話 数値に映らないもの
ミカは、モニターの前でじっとログを見つめていた。
【記録分析協力依頼】
【対象:分類No.014 “テンヨウ”】
【補足:記録構造に“非数値領域”が存在。感情的干渉の兆候あり】
セレクターからの通知だった。
そしてその言葉遣いに、ミカはほんの少しだけ眉をひそめる。
「……感情的、ね」
彼女の記録者としての原則は、常に明確だった。
ラベルを貼ること。数値化すること。整合性を保つこと。
でも――
晴真が記録したテンヨウのログには、
明らかにそのどれにも収まりきらない“何か”があった。
***
ナイ課のオフィス。
晴真が整理中の端末を見ながら、テンヨウが静かにコーヒー缶を両手で握っていた。
「……温かくは、ならないと思うけど?」
「うん。でも、持ってると落ち着く」
「そっか」
ミカはそう返してから、自分の視線がどこか“記録者ではない目”になっていることに気づく。
“君がそこにいたって、ちゃんと記録に残したい”
それはかつて、晴真がテンヨウに向けて言った言葉。
彼の記録はいつも、“観測する”だけじゃなくて、“誰かを見つける”ような記述がある。
「……それって、分類じゃなくて、願いよね」
記録者としては不正確。
でも、それでも、間違ってるとは言い切れなかった。
***
記録庫。
ミカはひとつのファイルを手に取った。
No.005――ハルノの記録。
【仮称:ハルノ】
【属性:記憶共鳴型】
【備考:観測者との記憶混線発生】
分類失敗。
それは、かつての晴真にとって大きな傷だったとミカは知っている。
「……でも、“分類できなかった”んじゃない。
“途中で手を止めた”だけ」
記録者である前に、人であることを選んだ晴真。
そして――それは、ミカ自身にも覚えがあった。
***
まだ本部にいた頃の話。
当時のミカは、記録の効率と正確性こそが正義だと思っていた。
どれだけ早く、どれだけ正確に、どれだけ感情を排して分類できるか。
でも――
“観測者の感情を“読み取る”異能”
という記録対象に接触したとき、彼女は“見られている”感覚を覚えた。
記録対象は微笑みながらこう言った。
『あなた、本当は迷ってるでしょ』
その言葉で、彼女のラベルが揺らいだ。
分類は完了した。
でも、別の観測者が再接触した際、その異能はまったく違う振る舞いを見せた。
操作型として“誤分類”され、事故が起きた。
「……あのとき、私はただ“見なかった”だけ」
分類ラベルは正しかった。
でも、その人の“本当の在り方”を、ミカは見ようとしなかった。
だからこそ――
テンヨウの記録に宿る“温度”が、今のミカには痛いほどわかる。
「……あの記録は、分類じゃなくて“関係”なんだ」
晴真が名を与えたことで成立したテンヨウの記録。
それは、分類者が“見守る”ことを選んだ結果。
ミカは、自分の記録の正しさを信じている。
けれど――それが“全部ではない”ことも、もう知っていた。
***
夜。
テンヨウが資料整理をしている傍で、ミカは手帳を開いていた。
【分類:未定】
【対象:テンヨウ】
【記録者:瀬野晴真】
【補記:“名を与えられたことで、初めて記録となった存在”】
その下に、ミカはそっと書き加える。
【私は、その意味をまだ定義できない。
けれど、それが“間違い”とも思えない。】
テンヨウがふとこちらを見て、小さく言った。
「……ありがとう」
ミカは、肩をすくめるように言った。
「なにが?」
「わかんないけど、なんとなく……今、言っておきたかった」
その言葉が、ログには記録されない。
でも、ミカはそれを“記録したような気分”になった。
***
その夜、彼女のモニターに一通の通知が届く。
【観測通知:分類No.005 “ハルノ”に再反応】
【波形ログ:共鳴型パターン変異】
【記録者:瀬野晴真】
【補足:再分類処理へ進行中】
ミカは、小さくため息をついて呟いた。
「……さて、私たちも前に進まなきゃね」
彼女は手帳を閉じ、
ナイ課の夜にそっと、ページを綴じた。




