表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/30

第18話 数値に映らないもの

 ミカは、モニターの前でじっとログを見つめていた。


【記録分析協力依頼】

【対象:分類No.014 “テンヨウ”】

【補足:記録構造に“非数値領域”が存在。感情的干渉の兆候あり】


 セレクターからの通知だった。

 そしてその言葉遣いに、ミカはほんの少しだけ眉をひそめる。


「……感情的、ね」


 彼女の記録者としての原則は、常に明確だった。

 ラベルを貼ること。数値化すること。整合性を保つこと。


 でも――

 晴真が記録したテンヨウのログには、

 明らかにそのどれにも収まりきらない“何か”があった。


 ***


 ナイ課のオフィス。

 晴真が整理中の端末を見ながら、テンヨウが静かにコーヒー缶を両手で握っていた。


「……温かくは、ならないと思うけど?」


「うん。でも、持ってると落ち着く」


「そっか」


 ミカはそう返してから、自分の視線がどこか“記録者ではない目”になっていることに気づく。


 “君がそこにいたって、ちゃんと記録に残したい”


 それはかつて、晴真がテンヨウに向けて言った言葉。

 彼の記録はいつも、“観測する”だけじゃなくて、“誰かを見つける”ような記述がある。


「……それって、分類じゃなくて、願いよね」


 記録者としては不正確。

 でも、それでも、間違ってるとは言い切れなかった。


 ***


 記録庫。


 ミカはひとつのファイルを手に取った。

 No.005――ハルノの記録。


【仮称:ハルノ】

【属性:記憶共鳴型】

【備考:観測者との記憶混線発生】


 分類失敗。

 それは、かつての晴真にとって大きな傷だったとミカは知っている。


「……でも、“分類できなかった”んじゃない。

 “途中で手を止めた”だけ」


 記録者である前に、人であることを選んだ晴真。

 そして――それは、ミカ自身にも覚えがあった。


 ***


 まだ本部にいた頃の話。


 当時のミカは、記録の効率と正確性こそが正義だと思っていた。

 どれだけ早く、どれだけ正確に、どれだけ感情を排して分類できるか。


 でも――


 “観測者の感情を“読み取る”異能”


 という記録対象に接触したとき、彼女は“見られている”感覚を覚えた。


 記録対象は微笑みながらこう言った。


『あなた、本当は迷ってるでしょ』


 その言葉で、彼女のラベルが揺らいだ。


 分類は完了した。

 でも、別の観測者が再接触した際、その異能はまったく違う振る舞いを見せた。


 操作型として“誤分類”され、事故が起きた。


「……あのとき、私はただ“見なかった”だけ」


 分類ラベルは正しかった。

 でも、その人の“本当の在り方”を、ミカは見ようとしなかった。


 だからこそ――

 テンヨウの記録に宿る“温度”が、今のミカには痛いほどわかる。


「……あの記録は、分類じゃなくて“関係”なんだ」


 晴真が名を与えたことで成立したテンヨウの記録。

 それは、分類者が“見守る”ことを選んだ結果。


 ミカは、自分の記録の正しさを信じている。

 けれど――それが“全部ではない”ことも、もう知っていた。


 ***


 夜。


 テンヨウが資料整理をしている傍で、ミカは手帳を開いていた。


【分類:未定】

【対象:テンヨウ】

【記録者:瀬野晴真】

【補記:“名を与えられたことで、初めて記録となった存在”】


 その下に、ミカはそっと書き加える。


【私は、その意味をまだ定義できない。

 けれど、それが“間違い”とも思えない。】


 テンヨウがふとこちらを見て、小さく言った。


「……ありがとう」


 ミカは、肩をすくめるように言った。


「なにが?」


「わかんないけど、なんとなく……今、言っておきたかった」


 その言葉が、ログには記録されない。

 でも、ミカはそれを“記録したような気分”になった。


 ***


 その夜、彼女のモニターに一通の通知が届く。


【観測通知:分類No.005 “ハルノ”に再反応】

【波形ログ:共鳴型パターン変異】

【記録者:瀬野晴真】

【補足:再分類処理へ進行中】


 ミカは、小さくため息をついて呟いた。


「……さて、私たちも前に進まなきゃね」


 彼女は手帳を閉じ、

 ナイ課の夜にそっと、ページを綴じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ