表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/30

第10話 監査対象:瀬野晴真

 午前九時三分。

 俺の端末に、アクセス制限の通知が届いた。


【記録ファイル No.000~No.017 に対する精査処理中】

【判定コード:定義干渉の可能性】

【対象:瀬野晴真】


「……は?」


 表示された警告マークが、妙に冷たく感じた。


 その数秒後、ナイ課の空気が変わる。


「セキュリティルートに変化……?」


 ミカが即座に端末を開き、眉をひそめる。


「本部経由の監査ユニットが入ってる。

 しかもこれは――」


 言いかけたところで、室内に“異音”が走った。


 ビープ音でも通知でもない。

 ただ、空気が一瞬“かすれた”ような感触。


「……来たか」


 九重が、ソファから起き上がるより早く。


 室内に、電子的な“声”が響いた。


「ナイ課所属・分類担当 瀬野晴真氏に対し、

 記録行為に関する監査を開始します」


 空間がゆらぎ、透明なホログラムが浮かび上がる。

 形は球体。人型ではない。

 ただの“監視機構”であることを強調するように。


「私は本部監視AIユニット・セレクター。

 分類記録における“定義干渉の兆候”を確認しました。

 これより、記録内容の精査を行います」


「……定義干渉って、何のことですか」


 俺が口を開くと、セレクターは間髪入れずに返してきた。


「分類とは、既存の体系への適合です。

 しかし、あなたの記録には“新たな属性の生成”および“感情的ラベリング”が含まれています。

 これは分類の域を逸脱し、“定義”行為に類似しています」


「それは……」


「……確かに」


 ミカが低く呟いた。


「分類って、“既にある箱”に入れる作業のはずだけど……

 晴真の記録、最近は“箱そのものを作ってる”感じがする」


「ミカさん……」


「責めてるわけじゃない。

 でも、“名づける”って本来、もっと慎重に扱われるものだった」


 セレクターが続ける。


「今後あなたの記録は、リアルタイムで監査対象となります。

 次の観測任務には、私が同行します」


「監視付き……ですか」


「正確には“同行監査”。

 分類の中立性と、観測者の影響度を直接確認します」


 言葉の温度は変わらない。

 それがかえって、恐ろしかった。


 ***


 しばらく沈黙が落ちたあと、九重が立ち上がる。


「いやー、静かな割に派手だねぇ。

 セレクターの現場介入って、本部でも年に数回あるかどうかじゃない?」


「対象の記録に、過去事例と乖離した分類傾向が見られました。

 このまま放置すれば、“記録の独自進化”を引き起こす恐れがあります」


「まあ、分かるけどさ」


 九重は、ふっと笑う。


「でもさ。

 記録って、生き物じゃない?

 切り取った瞬間だけを“真実”って呼ぶのは、ちょっと乱暴じゃないかな」


「あなたのその発言も、ログに記録されます」


「うん、ありがと」


 それでも、九重の目だけは笑っていなかった。


 ***


 その夜。


 ひとりで記録の確認をしていると、

 今日のログの中に――見覚えのない追記があった。


【監査記録:分類対象への共鳴反応確認】

【補足:観測者の主観による命名行為】

【タグ付け:定義干渉/拡張分類】


(……俺の言葉が、“記録”じゃなくなってる?)


 思わず、息を吐いた。


 ページの下に、ミカからのメモが添えられていた。


「自分のラベルに、責任を持ちすぎないで。

 でも、それが君らしさでもあるんだけどね」


 そしてその下に――


「“言わない”ことが誠実な場合もある。……一条より」


 らしいメッセージに、少しだけ肩の力が抜けた。


(……それでも)


 俺は、そっと手帳を開く。


 次の分類対象は、まだ“言葉になっていない”。


 でも、それを待っている“誰か”がいるのなら。

 俺は――記す。


 たとえ、そのすべてを誰かが監視していたとしても。

 このページの行き先が、まだ“未定義”だとしても。


 それでも、俺は――記録者だから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ