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桜の下、君を想フ

作者: 犬飼春華
掲載日:2024/05/06

私にはいわゆる『幽霊』というモノが見える。

気づいた時には見えていて、幼いころは『生きた人』との違いが分からなかった。

そのせいで気味悪がられたり、嘘つき扱いされたり。

今は何となく違いが分かるから、私は『見えない人』の中に紛れ込んでいる。


そもそも『幽霊』は言葉を発さない。


よく心霊番組で『幽霊が話す』というが、それは嘘。

彼らは言葉を持たない。

そしてほとんどの幽霊は『影』を持たない。

その違いが『生きた人』と区別する方法だ。


「……はあ」


満開の桜の下。

普通なら誰かがビニールシートを敷いて、花見をしているだろう。

しかしここには誰もいない。

さすがの『見えない人』にも感じるところがあるのだろう。

そこには1人の『幽霊』がいる。


『どうした?』

「いや、今日も絶賛美しいなと思って」

『私に美しいは似合わない』


喋る幽霊。

今まで遭遇した『幽霊』の中で、初めて声を発したモノ。

そしてこの人は『死んだ時の記憶』を覚えている。

服装は大正時代のものとほぼ一致。

本人も『大正生まれ』と言っているので、間違いない。

ただ色素が薄いので、異国とのハーフかも知れないと思っている。


「本当に美しいよ。今の時代に生きていたら、絶対モデルかアイドルになってる」

『それは楽しいのか?』

「どうだろ? 有名にはなれるよ」


私が彼と話すようになったのは偶然。

たまたま彼と目が合ったので、反射的に顔を背けた。

すると彼が『私が見えているのか?』と喋ったのだ。

今まで幽霊は話せないと思っていたからビックリ。

そして興味が湧いて、今に至る。


彼は名前は憶えていなかった。


見た目は金髪に近い茶髪で蒼い瞳。

本人の記憶によると、母親が金髪碧眼で父親は黒髪黒目。

恐らく大正時代の国際結婚だろう。


『……華に会いたい』

「それは恋人?」

『ああ。私の婚約者だ』


彼は家族のことは忘れても、恋人のことは忘れていない。

名前は(はな)さん。

2歳年下で、彼が結核で亡くならなければ結婚していたという。

この桜が華さんとの逢瀬の場所だったらしい。

だから憑りついて、華さんに会えるのを待っている。


本当なら成仏を願うのが正しい。


でも私は彼に恋をしてしまった。

だから少しでも長くいてくれるよう、毎日会話をしているのだ。

私に気持ちが向いてくれるかも知れないという、淡い期待もある。


『……華……』

「幽霊のままじゃ、会えないよ? いっそのこと幽霊の身分で新しい恋人を探したら?」


何度目かの説得。

しかし彼は首を縦に振らない。

ずっと1人を想い続けている。

私は華さんが羨ましいと思った。


初めてのタイプの『幽霊』に出会ってから、数か月。


桜は散り、青々とした葉が茂っている。

それでも彼の時は止まったまま、華さんを探し続けていた。

今日も私は彼に会うべく、例の桜へと足を運ぶ。


それはいつもの日になるはずだった。


桜の下には、彼がいた。

しかしいつもの悲壮に満ちた表情はなく、どこか生き生きとしている。

胸騒ぎがした。


「こんにちは」

『……華が迎えに来た』


私に見向きもせず、空を見つめる彼。

私は成仏した『幽霊』は見えない。

彼の視線の先には、きっと成仏した華さんがいるのだろう。

私は彼の腕を掴もうとする。

しかし私の手は捕まえられない。


「だめ、行かないで」

『ああ、華。やっと会えた……』


半泣きな私を、彼は見ない。

ずっと空を見上げたまま、うっとりとしているのだ。

――彼が逝ってしまう。

それは私と彼が『違う存在』という証拠。

彼の朧気な見た目がさらに霞んでいく。

空気に溶けるように透けてきている。


これは『成仏』のサイン。


過去に何度か見たことのある光景。

私は周りの人を気にせず叫ぶ。

しかし彼は私を見ない。


――もう、ダメなのか。


彼が手を伸ばす。

体がどんどん透けていく。

私は零れる涙を拭うと、空を見上げた。


「――二度と、彼を離さないで。お幸せに」


声が、聞こえた気がした。

それは優しい鈴のような、綺麗な音だった。


『華』


それが最期の言葉。

彼は陽炎のように揺らいで消えた。

そして完全に消える気配。


ああ、彼は成仏したのか。


きっと華さんを待ち続けるから、華さんが迎えに来たのだろう。

でも私だって彼が好きだった。

『幽霊』じゃなかったら、と、何度も思った。

でも彼の生きた時代に、私はいない。

私にできるのは、彼の幸せを願うこと。

空に溶けた彼の残像を見つめたまま、私は一筋の涙を零した。


「愛して、います」


その言葉に応える人はいない。

それ以降、私が『幽霊』を見ることはなくなった。

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