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8.依頼達成と再会

 燃え盛る薪を振るい最後の一匹を叩き伏せた時、あたしの肩は激しく上下していた。足元には黒焦げになり動かなくなった、シャドウラットたちの死骸が転がっている。


「はぁ、はぁ……。おかしいわね。あの時は、もっとこう……拳が吸い付くような感覚があったのに」


 あたしは自分の拳を見つめた。

 ドラゴンの厚い鱗を紙細工のようにブチ抜いたあの全能感。それが、たかが大ネズミ相手に全く通用しなかった。

 まるで、あたしの身体が「相手が弱すぎる」と判断して、()()()()()()()()()みたいだ。


(……ま、考えても始まらないわね。今は依頼を終わらせるのが先よね)


 あたしは、まだ持ちこたえられそうな火のついている薪を松明代わりに両手に一本ずつ持ち、キャンプの奥――岩山にぽっかりと開いた洞窟の入り口へと視線を向けた。

 だがそこでふと違和感が胸をかすめる。外のキャンプにはあれだけの数のシャドウラットがいたのに、群れを率いるような大型の個体がいなかった。

 普通、これほど統率されたキャンプを作るならもっと知能の高い「ボス」がいるはずだ。


(ボスは逃げたのか、それとも奥に隠れてるのか……?)


 あたしは慎重に洞窟の中へと足を踏み入れた。洞窟内は肌を刺すような冷気が立ち込めている。カツン、カツンと新調したブーツの音が岩壁に反響した。

 得体の知れない恐怖感を歯を食いしばって吹き飛ばしながら進むと、洞窟の道は急激に広くなり円形の広場のような空間に出た。

 そこにはネズミたちが集めたらしい衣類の切れ端や、冒険者の慣れの果てと思われる錆びた鉄屑が散乱している。

 だが、肝心の魔物の気配がない。


(あれ? 見当違いだったかしら?)


 あたしは松明を掲げ、周囲を照らした。広場の中心には山のように積み上がったガラクタの山がある。けれどそこは冷え切っており、主が去ってからかなりの時間が経過しているようだった。


(何だろう、嫌な予感がする)


 あたしはプロの勘で、背筋に走る戦慄を覚えた。

 シャドウラットのような下級の魔物がこれほど機能的なキャンプを作りながら、肝心のボスが不在。

 それはつまりもっと上の存在に追い出されたか。あるいは喰われたか……。

 そんなことを考えていたその時、洞窟のさらに奥、深い闇の中から今まで倒してきたシャドウラットの悲鳴とは比較にならない、重く粘り気のある呼吸音が聞こえてきた。

 広場の中心、ガラクタの山が不気味に蠢いた。あたしが掲げた松明の光がその正体を照らし出す。


「……冗談でしょ。デカすぎじゃない?」


 そこにいたのは先ほどまで相手にしていた個体とは三回り、いやそれ以上はあろうかという巨躯のネズミだった。

 体毛は鋼のように硬く逆立ち、口元からは毒々しいほど黄色く濁った鋭利な牙が突き出している。

 キング・シャドウラット。

 洞窟の主であるそれは、あたしを侵入者と見なし、地響きのような唸り声を上げた。極限まで気配を殺して、あたかもここに居ないかのように見せかけていたのだ!!

 迂闊だった。

 歯噛みするあたしに対して鼓膜を刺すような咆哮と共に、巨体が弾丸のような速度で突っ込んでくる。あたしは反射的に横へ跳んだ。

 直後、あたしがいた場所の岩床がボスの突進によって粉々に砕け散る。


(速い! ……でも、こいつならいける気がする!)


 不思議な感覚だった。

 雑魚のネズミ相手には重く感じた身体が、この巨大なボスを前にした瞬間まるで羽が生えたように軽くなったのだ。視界が冴え渡り、ボスの次の一挙手一投足が手に取るように分かる。


「お返しよ!」


 あたしは右手に持った燃え盛る薪を、フルスイングでボスの脇腹に叩きつけた。ドスッと激しい音と共に火花が散る。

 ボスは苦悶の声を上げたじろいだ。ただの薪なのにまるで鉄槌で殴ったような手応えだ。


(やっぱり。相手が強いほど、あたしの出力も上がる……。理屈は分からないけど、そういうことね!)


 確信を得たあたしは、ガラクタに火をつけて更に視界を明るくしつつボスを怯ませて攻勢に出る。

 怯みながらもボスが長い尻尾を鞭のようにしならせて振るってくるが、あたしはそれをバックステップでかわすとそのままタックルの姿勢で懐へ潜り込んだ。

 左手の薪を敵の顔面に押し当て視界を奪う。熱さに悶えるボスの顎下へ右の薪を渾身のアッパーカットで叩き込む。

 バキィッ! と顎が砕ける感触がバンテージ越しに拳へ伝わってきた。

 もはやこれは格闘技ではない。生きるか死ぬかのデスマッチだ。


「これで……終わりっ!」


 あたしは前のめりになったボスの両目目掛け、全力で両手の薪を突き刺した。

 ものすごい絶叫が洞窟内に響き渡るが、耳をふさいでいる余裕なんかない。炎が眼球を焼き、焦げる匂いが充満する。

 バタバタと暴れていた巨体が、やがてゆっくりとその動きを止めた。

(……勝った……)


 静寂が再び洞窟を支配する。

 あたしは荒い息を吐きながら自分の拳を見つめる。バンテージは煤で汚れ、あちこち解けかけていたが、中の肌には傷一つない。


 ――パチ、パチ、パチ。


 その時、洞窟の入り口の方から場違いなほど乾いた拍手の音が聞こえてきた。


「素晴らしい。魔術も無しにその化け物を倒すとは恐れ入った。私の仮説をこれほど早く証明してくれるとは思わなかった」


 暗闇の中から現れたのは淡い金髪をなびかせ、快晴の空のような青い瞳をした男。

 漆黒の甲冑を纏ったカサス王国騎士団長――シグリッド・ロンバルノ・ブローマンだった。

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