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6.想定外の現実

「っ……あ、がっ!?」


 全身を貫くような凄まじい電気ショックの様な衝撃。あたしは反射的に革鎧を放り出し、数歩後退した。心臓が早鐘を打ち、指先が嫌な痺れで動かない。

 投げ捨てられた鎧からは、薄く紫色の煙が立ち上っていた。


「な、何だ!? 今のは……」


 店主も目を丸くして、転がった鎧とあたしを交互に見ている。


「すみません、今、何が起きたんですか……? これ、欠陥品じゃありませんよね?」

「馬鹿を言うな! だが……おかしいな。今のは魔力が暴走した時の拒絶反応に見えたぞ。感じる限りでは……お嬢ちゃん、魔力はないんだろ?」

「はい、鑑定ではゼロだと言われました」

「じゃあ無魔力症候群って奴か。たまに人間でも獣人でも魔物でも魔力が全く無い状態で生まれる生物がいるんだけど、だからってこんなことは起こったことは無いぞ?」


 そう言われたあたしは自分の右手を見つめた。火傷こそしていないが、肌がピリピリと熱い。

 そしてそう言われたとしても、あたしはこの世界の人間じゃないんだからますます訳が分からない。


(さっきの靴は大丈夫だった。でも、これはどうして?)


 気を取り直して、今度は棚に並ぶ武器たちの中から拳を覆う黒鋼の手甲に恐る恐る指先で触れてみた。

 表面に触れる分には何も起きないらしい。けれど、それを掴んで装備しようとした瞬間。


 ――パァンッ!!


 と乾いた破裂音が響き、あたしの手は力強く弾き飛ばされた。


「ぐえっ!?」

「……普通の服や靴には魔力処理は施さねえ。だが武器や防具の類は、鍛造の過程で使用者の魔力とドッキングさせるために、内側へ向かって魔力を流し込むのがこの世界の常識だ。それはあんたもわかっているはずなんだが……まさかあんたの身体、内側に向けられた魔力を一切合切拒絶してやがんのか?」


 店主の言葉が、重く響く。

 魔力がないから無能だと言われた。けれど、現実はそれ以上に厄介だった。

 あたしは「魔力がない」だけではなく、この世界の「戦うための道具」そのものに拒絶されているのだ。


「……なるほど。靴以外の装備は、全部ダメみたいですね」


 これでは、剣を持つことも、盾を構えることも、ましてや拳を守るグローブを嵌めることさえできない。


「すまねえな、お嬢ちゃん。魔力のない身体に、無理やり魔力武器を馴染ませようとすれば最悪死ぬぜ。あんたには売ってやれる防具がねえ」


「いいえ、いいですよ。道具に嫌われてるならこっちから願い下げです」


 あたしは痺れの残る右手を強く握り込んだ。結局、あたしが頼れるのはこの生身の肉体だけだというわけだ。

 武器も防具も装備できない格闘家。

 不便極まりないはずなのに、なぜか、あたしの心は不思議と昂ぶっていた。


「親方。防具はいいですけど、代わりに魔力処理のされてないただの丈夫な布を分けてもらえませんか? 買い取りますから」

「布? ……ああ、端切れならいくらでもあるが。そんなもんで何をする気だ?」

「拳に巻くんです。あたしの戦い方にはそれで十分ですから」


 武具屋の片隅で、あたしは自分の拳に「ただの布」を巻き付けていた。

 親方に分けてもらった、魔力処理が一切されていない無骨な端切れ。それを指の付け根から手首まで、一mmの緩みもないように締め上げていく。

 バンテージ。

 格闘家にとって、これは単なる防具じゃない。戦う覚悟を固めるための儀式だ。


「……よし。しっくりくるわね」


 何度か拳を握り、解けないことを確認する。

 最新の魔法防具に拒絶されたあたしの肌には、この安っぽい布の感触が一番馴染んだ。


「お嬢ちゃん、本気か? そんな布切れ一枚で魔物とやり合うなんて、自殺行為だぜ」


「いいえ。余計な魔力が混ざっていない分、あたしの拳の感覚がダイレクトに伝わるんです。親方、ありがとうございました。この靴は大事にしますね」


 あたしは代金を支払い、店主に軽く頭を下げて店を出た。新品のブーツが石畳を叩く音は、驚くほど軽やかだった。

 再び訪れた冒険者ギルドは、夕刻が近いせいか、さらに殺気立った混雑を見せていた。

 あたしは掲示板の前に立ち、自分に見合った「初仕事」を探す。


(あまり派手なのは目立つし、まずはこの世界の戦い方に慣れるのが先ね……)


 目をつけたのは、街の近くにある洞窟に棲みついたシャドウラットの討伐依頼だ。

 依頼書の説明によれば動きは速いが、一撃の威力はそれほどでもないらしい。今のあたしのフットワークを試すには、丁度いいサンドバッグだ。

 受付に向かい、先ほどの女性に依頼書を差し出す。


「すみません、この依頼を受けたいんですけど」

「……えっ? あ、はい。登録したばかりの原田様ですね。ですが、その格好で本当に行かれるのですか? 武器も防具も見当たりませんが……」

「これで十分です。あたしのスタイルなので気にしないでください」


 困惑する受付嬢を適当にいなし、あたしはギルドの重い扉を背にした。

 街の外に出ると、そこには見渡す限りの草原と遠くに険しい山々がそびえ立っていた。あたしは足慣らしを兼ねて、依頼の目的地である洞窟へと駆け出した。

 一歩踏み出すごとに、地面を蹴る感覚が鋭くなっていく。魔力がなくても、この身体には鍛え上げた技術とあのドラゴンを沈めた力が眠っている。

 そのままロードワーク感覚で三十分ほど走ると、あたしの目の前にぽっかりと口を開けた岩山が現れた。

 ひんやりとした冷気が、洞窟の奥から漂ってくる。


「……ここね」


 あたしは洞窟の入り口で一度立ち止まり、バンテージを巻き直した。奥は暗く、何が潜んでいるかわからない。

 けれどあたしの心臓は恐怖ではなく、未知の強敵と相まみえる高揚感で力強く鼓動を刻んでいた。


「さて……まずは小手調べ。あたしの格闘技が、ドラゴン以外のこの世界の魔物にどこまで通用するか、試させてもらうわよ」


 あたしは静かに死地へと足を踏み入れた。

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