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4.人外vs異次元の力

 ――グオォォォォォンッ!


 鼓膜を突き破らんばかりの咆哮。ブラウン・ドラゴンの巨躯が、土煙を上げながらあたしへと肉薄する。丸太のような太い前足が振り下ろされ、あたしが先ほどまでいた地面が爆発したかのように弾け飛んだ。


「……ふぅ。威力だけは一丁前ね」


 あたしは最小限の動きでそれをかわし、ドラゴンの懐、いわゆる死角へと潜り込んだ。

 相手は山のような大トカゲだ。一撃の破壊力は凄まじいが、その巨体ゆえに細かい動きにはついてこれない。リングの上で、自分よりリーチの長い相手と戦う時の鉄則。

 潜って、回って、的を絞らせない。


「ほらほら、こっちよ!」


 あたしは挑発するように、ドラゴンの足元をすり抜ける。ドラゴンは苛立ちを露わにし、長い尻尾を鞭のようにしならせて薙ぎ払ってきた。

 速いが、それだってあたしの目に見えていればどうということはない。

 あたしは泥だらけの靴で地面を蹴って、尻尾を飛び越えて着地と同時に次の一歩を踏み出す。


(身体が、軽い……!)


 何がどうなっているのかわからないが、あたしはドラゴンの動きについていけている。

 ドラゴンは攻撃が当たらないことにイライラしているらしく、翼を広げて強引に浮上しようとした。このままだと次は上空からブレスを吐くか、急降下攻撃を仕掛けるつもりだろう。

 だが、巨体が空中に浮かび上がるその一瞬……最も無防備になる離陸の瞬間をあたしは見逃さなかった。


「飛ばさないわよ。地上戦があたしのテリトリーなんだから」


 あたしは一気に加速し、ドラゴンの剥き出しになった後ろ足の関節へ渾身のタックルを仕掛けた。本来なら、ダンプカーにぶつかってタイマンを張るような自殺行為だ。

 ドォォォォォンッと凄まじい衝撃音が森に響き渡る。明らかにこれは変だ。アドレナリン全開の中でもそれはわかるが、これだったら行けるかもしれないと即座に意識を切り替える。

 宙に浮きかけていたドラゴンの巨体が、タックルによってグラッとバランスを崩し横倒しに地面へ叩きつけられる。地響きと共に土煙が舞い、ドラゴンが苦悶の声を上げた。

 あたしは倒れ伏したドラゴンの首元、鱗の薄い急所を見定めた。格闘家として、勝機を逃すほど甘くはない。

 あたしは右拳を深く引き、全身のバネをその一点に集中させた。狙うは顎の先端。脳を揺らし、完全に意識を断つための一撃。


「――せいやぁ!!」


 あたしの拳がドラゴンの身体の奥へと沈み込んでいった。

 ピチャッ、と返り血があたしの頬を伝って地面に落ちた。その微かな音を合図に、あたしの意識が急速に現実へと引き戻される。

 荒い呼吸が、冷え込み始めた森の空気に白く混じった。


「はぁ……はぁ、はぁっ!!」


 あたしは自分の両手を見つめた。指先まで赤黒く染まり、感覚が麻痺している。

 視線を落とせばそこには山のような巨躯を晒し、原型を留めないほどに顔面を叩き潰されたドラゴンの死骸。

 さっきまで、あれほど絶望的な威圧感を放っていた暴君が、今はただの動かない肉の塊に成り果てている。


「……何、これ」


 自分の声が震えていた。

 おかしい。いくら急所を狙ったからって、いくら技術があったからってこんなのありえない。

 アドレナリンが収まっていくのにつれて、自分がやったことの違和感が一気に襲い掛かってきた。格闘家として、あたしは自分のパンチの威力を誰よりも知っている。プロのリングで、同階級の相手をKOするのに必要な威力だったりサンドバッグを叩いた時の手応えだったり。

 それらが、今のこれは……。

 あたしが拳を振るっただけで、鋼鉄よりも硬いはずの鱗がまるでお菓子みたいに粉々に砕け散った。


「あたし、どうなっちゃったの?」


 心臓の鼓動がうるさい。

 魔力はない。無能だ。そう言われて放り出された。なのに今のあたしは、こんなファンタジー世界にしか出てこないはずの怪物を、たった一人で、文字通り「ボコボコ」にしてしまった。

 これが、あたしの持っている『聖女』の力だというのか?


「笑えないわね。こんなの、もう人間じゃないじゃない」


 あたしは力なく笑い、その場にへたり込んだ。

 森は静かだった。助けを呼びに行った御者はまだ戻らない。遠くで風が木々を揺らす音だけが、あたしの孤独を際立たせていた。


(これから、あたしはどうすればいいの?)


 自らの拳が生み出した惨状を前に、あたしはただ一人で震えていた。

 この異常な力が何なのかはわからない。でもこれがあれば、あたしはこの不条理な世界で誰に媚びることなく生きていけるかもしれない。


「こうなったらもうやるしかないわね。ファンタジー世界なら……冒険者?」


 あたしはドラゴンの死骸から、討伐の証拠になりそうな一際大きな牙を力任せに引き抜いた。バキリと嫌な音がしたが、今のあたしにはそれすら頼もしい。

 泥と血に汚れたボロボロの靴を履き直し、あたしは御者が逃げていった方向――近くの街を目指して歩き出した。

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