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9.再会と騎士の問い

「あなたは……」


 あたしは目を見開く。

 王城で唯一、自分に色々と説明をしてくれたあの黒い騎士団長がそこに立っていたからだ。


「……何でここにいるんですか? まさか、あたしを連れ戻しに来たんですか?」


 あたしは低く構えたまま鋭く問いかけた。右拳のバンテージは煤け、炭化した薪の破片が足元に転がっている。全身の筋肉はまだ戦闘の余熱で強張っており、いつでも飛びかかれる体勢だ。

 それでも目の前に立つシグリッドは、あたしの剥き出しの警戒心を浴びてもなお表情一つ変えなかった。

 ただ、その青い瞳は足元に転がったキング・シャドウラットの巨躯とあたしの拳を交互に、まるで精密機械のように観察している。


「半分は正解だ。我がカサス王国の第一王子、ロジャー殿下より王命を授かっている。国の所有物である聖女を即刻連れ戻せとな」

「所有物? ふざけないで。泥まみれの靴一足で放り出しておいて今さら何を言ってるのよ。バカじゃないの?」


 あたしは奥歯を噛み締めた。あの屈辱を忘れたわけじゃない。人を勝手に呼び出して、用が無かったらはいさようならなんて。あたしは人間であって、誰かの持ち物じゃない。

 例え相手がこの国最強の騎士団長だろうと、はいそうですかと首を垂れるつもりは毛頭なかった。


「案ずるな。私は『半分は正解』と言った。騎士にとって王命は絶対だが、私はそれ以上に私自身の問いの答えを求めてここに来た。君がドラゴンを倒したのは私も聞いているからな」


 シグリッドが一歩足を進める。鎧の触れ合う冷たい音が洞窟に反響した。

 あたしは反射的に重心をさらに沈め、彼の間合いを測る。


「問い?」

「そうだ。君は魔力を持たない。にもかかわらず、先ほどこの洞窟の主を屠ったのを私はハッキリとこの目で見た。魔術による強化も、加護を付与された武具も一切使わず、ただの自然物とその身一つでな」


 彼の声は静かだったが、そこには隠しきれない熱が孕んでいた。それは執着や支配欲といった類のものではない。武人としての純粋な興味だ。


「原田可奈。君のその力は相手の力が強ければ強いほど、君自身の能力が書き換わっているのではないか? 私の推論は間違っているか?」

「えっ……」


 あたしは息を呑んだ。自分自身でさえ、まだ何となくの感覚でしか掴めていない力の正体。

 それをこの男はドラゴンを倒したという情報を聞いたのと、こうして今の戦いを見ていたことから見抜こうとしている。

 それでもこの男に従う気はない。


「あたしが何者かなんてあなたに関係ないでしょう。あたしはただ生きるために戦ってるだけよ」

「いいや、関係はある。もし君の力が私の想像通りであれば、この国の……いや、世界の常識そのものが無に帰すことになるからな」


 シグリッドは腰に下げているロングソードの柄にゆっくりと手をかけた。殺気はないのだが、逃れられないほどの重圧があたしの肌を刺す。

 何をするつもりなのかは大体予想がついた。


「心配するな。君を今すぐにロジャー殿下のもとへは返すつもりはない。あのような力の真価も解さぬ者に君は勿体ない。だがその前に確かめさせてくれ。君のその力を平等にするスキルが、この私の剣をも飲み込むのかどうかを」


 あたしは唇を吊り上げた。

 どうやら、話し合いで解決する段階はとっくに過ぎているらしい。


「この世界ではまれに、得体のしれない現象を起こす能力を持つ人間や獣人が産まれることがある。それを私たちは『スキル』と呼んでいるんだが、君にもそれがあるようだな」


 あたしはバンテージを巻き直し、異世界で出会った最強の騎士を真っ向から睨み据えた。

 洞窟の冷気が一瞬にして張り詰めた。あたしは、自分に向けられたシグリッドの青い瞳に射すくめられるような感覚を覚える。そのプレッシャーは、プロのリングで対峙してきたどの選手よりも重くて鋭い。

 シグリッドの声は、静かな確信に満ちていた。あたしは巻いたばかりのバンテージを締め直し、彼を真っ向から見据える。


「……あたし、この世界の出身じゃないですけどね。でもそのスキルがあるんだったら、今までのも納得ですよ」


 あたしは敬語を使いつつも、闘志は隠さなかった。

 ドラゴンを倒したあの異常な感覚。なのにその後の雑魚には全然通用しなかった。もしその正体がシグリッドの言っている「スキル」という名の力なら、この目の前の最強を相手にそれがどう動くのかを確かめてやる。


「行くぞ」


 シグリッドが動いた。

 重厚な漆黒の甲冑を纏っているとは思えない、雷鳴のような踏み込み。引き抜かれたロングソードが、洞窟の僅かな光を反射して一閃する。


(……速い!)


 あたしは即座にダッキングでその一撃を紙一重でかわした。剣先が髪をかすめる。だが、驚いたのはシグリッドではなくあたしの方だった。

 ドラゴンの時と同じだ。彼の動きがまるであたしと同じ土俵に降りてきたかのように「見える」。


(身体が軽い! さっきのネズミたちと戦った時とは、比べものにならないくらい力が漲ってくる!)


 シグリッドのロングソードがさらに追撃を放つ。長年の鍛錬によって研ぎ澄まされた騎士の連撃。本来なら並みの人間が目で追えるはずのない速度だ。

 しかし、あたしだってプロとしてリングの上で戦ってきた人間。格闘技の技術――スウェーとパーリングを駆使して全て最小限の動きで捌いてみせた。


「……信じられんな。私の剣に防具も持たずについてくるか」

「あたしだって信じられないですよ。でも、これなら戦える!」


 あたしはシグリッドの懐へ一気に飛び込んだ。

 ロングソードの間合いの内側。あたしにとっての間合いだ。踏み込んだブーツが岩の床を強く捉える。右のショートフックを彼の強固な胸当ての隙間……そう、首筋へ向けて放った。

 シグリッドは即座に剣の柄でそれを受け止めたが、次の瞬間その衝撃に目を見開いた。彼ほどの男があたしの一撃で僅かに体勢を崩したのだ。


(これが、スキル……?)


 戦えば戦うほど、確信が深まる。

 あたし自身の心肺機能、動体視力、そして筋力。それら全てが、シグリッドという強者と呼応するように跳ね上がっている。

 彼の騎士としてのスペックと、あたしの格闘家としてのスペック。それが今、見えない天秤の上でピッタリと同じ高さまで釣り合っていた。

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