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プロローグ.異世界と、不平等なあたしの人生

「……よってお前との婚約は、今この瞬間を以て白紙、破棄とする! 聖女の称号も剥奪だ。我が国に、お前のような出来損ないの居場所はない。今すぐここから消え失せろ!」


 ……は? 婚約、破棄?

 目の前の金髪男が放ったその言葉は、あまりに突拍子がなくて、あたしの脳内にある『理解』の引き出しのどこにも収まらなかった。

 視界が真っ白に染まる直前、あたしが考えていたのは今日の夕飯と明日のバイトのシフトのことだ。

 原田可奈、二十二歳。大学を卒業したばかりのどこにでもいるフリーター。

 いや、自分でも「どこにでもいる」と言うには少しばかり無理がある人生だったとは思う。

 あたしの両親は筋金入りの転勤族だった。数年おきに日本全国を転々とする生活。幼い頃の記憶は常に新しい土地の匂いと、馴染めない教室の空気で埋め尽くされている。

 転校生というのはそれだけでトラブルの種になりやすい。目をつけられ、絡まれ、時には理不尽な悪意に晒される。

 誘拐未遂に遭ったこともあれば、知らないうちに犯罪の片棒を担がされそうになったこともある。


(……あたしの人生、本当にロクなことがないわね)


 自分の身は自分で守るしかない。やっと東京の地に落ち着いてそう悟った十歳の時、あたしは近所の道場の門を叩いた。

 そこから十二年。格闘技はあたしの血肉となった。

 打撃、投げ、寝技。あらゆる局面を想定した総合格闘技(MMA)の世界で、あたしはプロとしてリングに上がるまでになった。

 格闘技は嘘をつかない。鍛えた分だけ、技術を磨いた分だけ、それはあたしを裏切らずに守ってくれる。不条理な暴力や悪意を跳ね返すための、唯一の拠り所。

 だからこそ、今のこの状況があたしの格闘家としての本能を激しく逆撫でしていた。

 足の裏に伝わってくるのは、バイト先の更衣室の床の感触ではない。ひやりとした硬質な石の感触。あたしは無意識に、重心をわずかに落としていた。

 視界がクリアになる。

 そこは映画のセットのような広大な大広間だった。高い天井には見たこともない豪華なシャンデリアが輝き、太い柱には精緻な彫刻が施されている。

 あたしの足元には、淡い光を放つ複雑な幾何学模様。……魔法陣、だろうか。


「……チッ。なんだ、この貧相な女は。これが『異界の聖女』だと? 笑わせるな」


 正面から投げつけられたのは、吐き捨てるような蔑みの声だった。あたしは瞬時に声のする方向に顔を向けた。

 一段高い玉座のような椅子。そこに、冒頭の台詞を吐いた金髪の男が座っていた。歳はあたしと同じか、少し上くらいだろうか。

 整った顔立ちをしているが、その唇は傲慢に歪んでいる。


(まさかこれって、異世界召喚……って奴?)


 知り合いに勧められて読んでみたライトノベルの中に、そうした出来事が書かれていたのを思い出した。しょせん作り物の中だけの話だと思っていたのだが、この今の状況は紛れもない現実だ。

 鼻を突くお香のような匂い、肌に刺さる冷たい空気、そして周囲を囲む武装した男たちの威圧感。

 あたしは努めて冷静に、相手との距離を測りながら声をかけた。プロとしてリングに立つ時と同じだ。まずは相手を観察し、状況を把握する。


「あの……状況が全く飲み込めないのですがここはどこでしょうか? それとあたしをここに呼んだのはあなたですか?」

「黙れ。不愉快だ。聖女召喚の儀を行えば、国を救う強大な魔力を持つ美女が現れると予言にあったが……。現れたのは魔力も持たぬ、顔も地味で可愛げのない小娘か。おい、老師。これはどういうことだ」


 男はあたしの質問を無視し、傍らに立つ老魔術師に鋭い視線を向けた。


「そ、それが……。魂の波動は確かに聖女のものなのですが、この娘には魔力が全く宿っていないようでして……」

「無能か。無能を呼んだのか、貴様らは!」


 カチーン。

 状況説明も、謝罪も、挨拶すらない。勝手に人を連れてきて、勝手に「無能」と決めつける。


「……あの。勝手に話を進めないでいただけますか? あたしは自分の意思でここに来たわけじゃありません。元の場所に帰してください」


 あたしの言葉に、金髪の男……恐らく王子様は信じられないものを見たという顔で目を見開いた。


「黙れと言っているのが聞こえぬのか! この俺に指図するな! 本来、召喚された聖女はこの俺の妃となる決まりであったが、お前のような無能を妻に迎えるなど俺のプライドが許さぬ」


 そして最初の台詞に戻る。

 王子は芝居がかった動作であたしを指差し、嘲笑を浮かべた。


「……よってお前との婚約は、今この瞬間を以て白紙、破棄とする! 聖女の称号も剥奪だ。我が国に、お前のような出来損ないの居場所はない。今すぐここから消え失せろ!」


 王子の怒声が響き渡る。

 それでもあたしが動じず、冷めた目で自分を見つめ返しているのが気に食わなかったのだろう。王子は顔を真っ赤に染め、手近な机の上にあった装飾の施された重厚な銀の置物を掴んだ。


「その不遜な目を止めろと言っているんだ、この無能がぁッ!」


 王子が全力で、その置物をあたしの顔面めがけて投げつけた。周囲の魔術師たちから短い悲鳴が上がる。

 ――スッ。

 あたしは首を数cm横に傾けた。殺意の籠もった銀塊はあたしの耳元をかすめ、背後の壁に当たってガランと虚しい音を立てて転がった。

 格闘家にとって、予備動作の大きな素人の投擲なんてスローモーションに等しい。

 あたしは避けた姿勢のまま視線を王子へ戻した。


「一体何なんですか。ふざけるのもいい加減にしてくださいよ」


 低く、地を這うようなあたしの声に王子の笑みが固まった。

 あたしは視線を巡らせた。自分を嘲笑う王子。困惑する魔術師。そして、壁際に立つ一人の男と目が合った。

 漆黒の甲冑を纏い、氷のような瞳でこちらを凝視している騎士。彼は他の団員たちとは何だか違う気がする。オーラとでも言えばいいのだろうか。

 いや、今は誰でもいいからここがどこで、何がどうなっているのかの説明をしてほしかった。

原田はらだ 可奈かな

主人公。二十二歳。福岡県北九州市出身。職業フリーター。

全国を転々としてきた転勤族の親を持つ。しかし転勤する先々で、何かしらの武闘派のトラブルに巻き込まれてしまう体質の持ち主。

その為、身を守るべく総合格闘技を十歳のころより習い始めた。

高校生の時にすでにプロデビューし、大学の寮で大学生活を謳歌し終わったのもつかの間、今度は転勤についていくどころか異世界へと転移してしまうことになる。

日本各地で色々なトラブルに巻き込まれてきただけありかなり度胸が据わっているが、さすがに異世界にトリップしてしまうとは思っていなかった様子であり、戸惑いながら進もうとした矢先さっそくトラブルに巻き込まれてしまうことになる。

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