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10 凄腕の魔導師

『魔導師を捕らえよ』という父王の命令を受けて、数人の兵士がのろのろと起き上がろうとする動きを見せはじめる。

 また襲い掛かられてしまう――ノツィーリアが皇帝に腰を抱き寄せられる中、警戒感を覚えた直後。


「残念でしたあ~」


 魔導士が、片足を持ち上げてブーツの足裏全体で、どん、と床を踏み鳴らした。


「うっ!?」


 床を踏む音が鳴った次の瞬間、その場にいる兵士全員が完全に動きをとめた。何が起こったか分からないといった表情で必死に身をよじる。しかし誰もが体全体を床に縫い付けられたかのように、その場から起き上がることができなくなっている。


 男たちのうめき声と金属製の鎧がこすれる音が、部屋に充満していく。

 異様な雰囲気が漂い出す中、魔導師が緊張感の欠片もない、どこか小馬鹿にした風な口調で呟いた。


「さてさて~? どこから行きましょうかねえ。まずは~……そこかな♪」


 ユフィリアンに向かって軽快に指を打ち鳴らす。

 その仕草の意味はすぐに判明した。兵士に馬乗りになっているユフィリアンの髪と瞳の色が、それまでの金髪碧眼から燃えるような赤髪と緑目に変化したのだった。

 目を疑うような光景に、ディロフルアが悲鳴を上げる。


「ずっとだましていたのね!? このわたくしを!」


 ユフィリアンが、その問い掛けに振り向くことなく、表情も変えずに淡々と答える。


「ディロフルア姫。君好みの髪色と瞳の色を用意しただけで、簡単に僕になびいてくれて助かったよ」

「そんな……! わたくしのことを愛しているとおっしゃっていたではありませんか! 『貴女は姉君よりもずっと美しい』って! 何度も何度も!」

「そりゃ言うさ。諜報任務に必要なことだったからね」

「ひどい……! 口付けはおろか抱擁すらしてくださらなかったのはそれが理由でしたのね!? 婚姻前だからなどと言い訳をして!」


 武器を取り上げた兵を膝で押さえ込んでいるユフィリアンが顔を上げ、妹に視線を向ける。そのまなざしには一切の感情も込められていなかった。


「君が僕を手駒のひとつとして扱い、愛そうともしなかったことに安堵しているよ。多少なりとも僕に対する情が君の中にあったなら、こうして皇帝陛下の(めい)を実行する際に胸が痛んだだろうからね。……まあ、結末は何も変わらないわけだけど」

「ひどい、ひどい! あんまりだわ……!」


 ディロフルアがその場にへたり込む。ユフィリアンはその様子に何の関心も示すことなく、正面に視線を戻すと魔導師と言葉を交わした。

 魔導師が頷くのを見てから、おもむろにその場に立ち上がる。途端にうつぶせ状態の兵士が身をよじり出したものの、他の兵士と同じく、床に縫い付けられたかのように動けなくなっていた。


 父王が顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。


「ぐぬぬ……。誰か! 誰かおらぬか! シュハイエル公爵をただちに捕らえろ! 一族郎党もだ! 抵抗するならば殺しても構わぬ!」

「ルジェレクス皇帝陛下。シュハイエル家一同、既に越境し、みな無事であると連絡を受けております 」


 すかさずユフィリアンが報告の声を被せれば、ルジェレクス皇帝がわずかに頷く。落ち着き払ったその態度に、すべてが首尾通りに行っているであろうことがうかがい知れる。


「ではでは~♪ 仕上げといきますかね~」


 魔導師が今度は人差し指をぴんと伸ばして空中に楕円を描く。

 すぐさま天井に光の渦が出現し、その中から見慣れない鎧をまとった兵士たちがひとりまたひとりと寝室へと飛び降りてきた。彼らの身に着ける鎧には、帝国の紋章が刻み込まれている。


 帝国軍兵士が続々と増えていき、既に魔法で動きを制されている近衛兵たちが拘束されていく。

 全員が後ろ手に縛られた頃合いを見計らって、魔導師が再び床を踏み鳴らして魔法を解除する。

 無力化された近衛兵たちは全員、寝室から引きずり出されていった。


「外にもゲートを作っておいたから、どんどん出てくるよ~。あ~楽し♪」


 魔導師が笑いながら指を打ち鳴らす。すると今度は空中に半透明の絵画が出現した。

 よく見るとその絵は動いていた。俯瞰する角度から王城を映し出す絵の中では、この客間で起きていることと同様に、近衛兵が帝国兵に捕縛されていっていた。


 父王も妹も口をぽかんと開けて、目の前で繰り広げられる出来事をただただ見つめるばかりだった。そんな彼らの両側には帝国兵が立ち、二人を見張りはじめた。



 近衛兵の排除が完了し、帝国軍の司令官らしき人物が頭を下げて出ていく。

 ノツィーリアと父王、妹、その両脇を固める帝国兵が二人。

 そしてルジェレクス皇帝、ユフィリアン、魔導師だけがその場に残る。


 隣の部屋や窓の外から怒号が聞こえる中でノツィーリアが立ち尽くしていると、突然肩にガウンを掛けられた。予期せぬ感触に全身が跳ねる。

 ガウンを着せてくれたのはルジェレクス皇帝だった。たちまち肌に染み込んでくる温もりに、体が随分と冷えていたことに気づかされる。


「ありがとうございます……」


 まさか自分がこんな扱いをしてもらえるとは思いも寄らず、ノツィーリアは顔を振り向かせて礼を口にした。

 しかし寝衣姿になったルジェレクス皇帝はノツィーリアに視線を返してこず、鋭い目付きで状況を見据えていた。



 皇帝の視線の先で、魔導師がスキップするような足取りで父王の目の前まで歩み寄る。


「金に目がくらんでる人の御しやすさったらないよね~。王様、怪しい魔導師を簡単に王城の奥まで招き入れた自分の無能さをせいぜい悔やみなよ。じゃあね~」

「貴様……! この私を愚弄するなぞ、許すわけには……」


 父王の叫び声は、魔導師が指を打ち鳴らした瞬間に聞こえなくなった。





「――きゃっ!?」


 次の瞬間、ノツィーリアは広いベッドの上に落とされていた。突如として尻餅を突かされる形となり、予想外の姿勢の変化に頭が混乱する。足を投げ出す姿勢となったせいで、サンダルが脱げてシーツの上に転がった。

 ノツィーリアの傍らではルジェレクス皇帝があぐらを掻いていた。ノツィーリアたちがいるベッドから少し離れた床の上には魔導師とユフィリアンが降り立っていた。


 何が起きたか分からず、素早く辺りに視線を巡らせる。


「ここは……?」

「余の寝室だ」

「えっ!?」


 一瞬前までレメユニール王国の王城にいたというのに――。信じがたい出来事に、ノツィーリアは思わず声を張り上げてしまった。


「ではここは、リゼレスナ帝国ということですか!?」

「ああ」


 皇帝が軽く頷き、さも当然のように答える。彼らにとっては珍しいことではないのかも知れない。

 ほとんど体に何も感じることなく、まばたきをする間に長距離を移動させられた。山脈を越え、隣国をまたぎ、さらに海峡をも瞬時に渡ってしまった――。理解を越えた現象に、魔法というものの恐ろしさに畏怖を覚えずにはいられない。

 自分を抱き締めるようにして、震えをこらえる。再び部屋を見回すと、そこには先ほどまでいた部屋と同じく、望遠鏡型の魔道具が備え付けてあった。


(あの魔道具は……!)


『助けてもらえた』などと思い込み、浮上しかけた心がたちまち揺らぎ出す。元より自分は大金で買われた身だった――。そんな重大なことを一瞬でも忘れてしまった自身に失望せずにはいられない。


(場所が移っただけで、結局ここでも慰みものにされて、その姿を大勢の人々に見られてしまうのね)


 全身に震えが走り、涙が込み上げてくる。


(そうか私、捕虜になったんだ。何をされても拒めるはずがない)


 そこまで考えてから、ふと自分に捕虜としての価値すらないことに気づく。父王や妹は既に捕らえられた。おそらく今ごろ義母である王妃や他の王族たちも続々と捕縛されていっていることだろう。彼らに帝国兵にあらがうだけの武力はない。

 ノツィーリアを()()にして何かしらの交換条件を持ち掛けるなどという、その交渉相手はもはやどこにもいないのだ。


 そもそもまだ交渉段階にあったとして、父王たちが自分を助けるために何かしらの譲歩をするはずがない――。改めてそれに気づけば、お務めに臨むとき以上の苦しみが心を締め付けはじめる。


(私の利用価値といえば、せいぜいここで慰みものになるくらいしかない)


 この身を差し出したところで、冷徹皇帝がレメユニール王国の国民に危害を加えずに済ませてくれるだろうか――。

 だとしても、どんなに無慈悲な仕打ちをもすべて受け入れて、国民の保護を願い出ようとノツィーリアは決意を固めたのだった。

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