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悪者

作者: 鴨カモメ

ひだまり童話館さまの企画「びりびりな話」参加作品です

「ねぇ、聞いてよ、村のはずれにキツネが引っ越してきたんですって」

「キツネといえば自分で飼っている鶏を殺して食べるんでしょう?」

「なんて、野蛮、どこぞの村から追い出されて来たのでしょうよ」

 村のリスやら小鳥やらが集まって口々に噂話をしていた。

「村長さんは知っているのかしら?」

「村長は優しいからきっとキツネを受け入れてしまうわね」

 リスが言うと周りのみんなもうんうんと頷く。

 村長のうさぎは世話焼きで優しいと村の動物たちから認められていた。


 村の中央にある役所では村長のうさぎが補佐役のシカと共に働いていた。

「村長、村のはずれにキツネが住み着いたみたいですね」

「そうみたいじゃな」

 うさぎはニコニコとしながら言った。それに比べて鹿はとても迷惑そうに顔を歪める。

「笑い事じゃないですよ、キツネはたくさんの鶏を飼っていて、お腹がへったら自分が可愛がっている鶏を食べるっていうヤバい奴なんですよ」

「そうみたいじゃな」

 今度は哀れみの顔でうさぎが答えた。

「村の動物たちからはもう追い出してほしいなんて声が上がっていますよ」

 うさぎはうーんと考え込むとポンっと手を打った。

「そうじゃ、それなら鶏を食べるのをやめてもらえるように手紙を書こう。そして美味しいたくさんの草を送るんじゃよ。若芽の一番柔らかいところを選んでな。それを食べたら鶏なんて食べる気がなくなるはずじゃよ」

「若芽ですか!? 若芽は最高級品ですし、ちょっともったいない気がしますがね」

 鹿は言い終わった後にじゅるりとよだれをすすった。

「村のみんなが仲良く暮らせるのならもったいなくもないじゃろう。それに村に住む者たちはみんな若芽が君の大好物と知っておる。その大好物を村のために使ったら君の評判も上がるだろうね」

 うさぎが穏やかな笑いを浮かべてそう言うと不機嫌顔のシカは鼻息を荒くして胸をたたく。

「私もね、それがいいんじゃないかと思っていたんですよ」

「ほっほっほっ、さすがシカくんじゃ。では早速手紙を書こうかの」

そしてうさぎはキツネに手紙を書いた。


 村長の書いた手紙と草をキツネの元へと運ぶのはカラスだった。カラスは村の住人ではない。村と村を行き来する流れ者だ。流れ者だからこそ決まった仕事はなく、こうやって村人がやりたがらない仕事を受けて、その代わりに村の食べ物を分けてもらっていた。

「ほらよ、あんたに手紙だぜ」

 手紙とカゴいっぱいの若芽を受け取ったキツネは困惑の表情を浮かべた。足元に鶏たちが元気よく駆け回っている中、手紙を開くとキツネは難しい顔をした。

「手紙には何て書いてあるんだ?」

「この草を食べて、鶏を食べるなんて野蛮なことはやめるようにと書いてある」

 キツネはぼそりぼそりと言った。カラスはカーッカッカッと翼をばたつかせて笑った。

「何て間抜けな奴らなんだ。お前さんが鶏の他にも何をたべるのか聞いたらどんな顔をするだろうなぁ」

 キツネはカラスをぎろりと睨む。

「余計なことを言うなよ」

 キツネはカラスに干し肉を投げるとカラスは器用に嘴で受け取る。

「ああ、言わないさ」

 カラスはそう言うと肉を咥えて飛び去った。


 それからもうさぎはキツネに手紙と柔らかな新芽ばかりの草を届けた。村の草を食べる動物たちはその待遇を心から羨ましく思っていた。特にシカは貴重な若芽をキツネにあげるなど我慢ならなくなっていた。シカはたまらずにキツネの元から帰ってきたカラスに声をかけた。

「それで、キツネはどうなんです? まったく返事がありませんが。でも、まあ、あんなに美味しそうな草を贈っているんですからもう鶏を食べるのなんかやめて美味しいサラダを食べているんでしょうねぇ……じゅるっ」

 シカはあふれるよだれを前足で拭いた。カラスはニヤリと笑う。

「それはそれは喜んでいるぜ、鶏の寝床にちょうどいいってね」

「に、鶏の寝床!?」

 シカは顔を真っ赤にして叫ぶとうさぎの元へと走っていく。


「村長! 聞いてくださいよ!キツネの奴、せっかく贈った草を鶏の寝床に使っているんですよ!」

 するとうさぎは困った顔をして首を傾げた。

「それは困ったもんじゃ。草は口に合わなかったかの。じゃあムクドリの育てたアワを贈ってみるかのう」

 それからキツネには手紙とカゴいっぱいのアワが届けられた。するとキツネの様子を聞いたカラスの答えはこうだった。

「鶏の餌になって喜んでるぜ」

 それを聞いたムクドリたちは気を失った。そして噂を聞きつけた他の動物たちの不満もどんどん募っていった。

「こちらはこんなにご馳走を贈って仲良くなろうとしているのに、それを馬鹿にするようなことばかりして!」

「野蛮なキツネなんかと仲良く暮らせるわけなかったのよ」

「キツネがいるって思うだけで怖くて子供を外で遊ばせられないわ」

 シカは偵察のたびに村の生き物たちの噂話に聞き耳を立てた。

「村長、みんな仲良くなれないって言ってますよ。嫌われ者のキツネなんて追い出しましょうよ!」

 シカも鼻息荒くはっきりと言う。しかし村長はうーんと唸った。

「いや、もう一度だけ手紙を送ろう。村のみんなが住みやすいようにするのが私の役目じゃからな」

「全く村長は優しすぎますよ」

 シカはため息をつきながらも尊敬の眼差しでうさぎを見つめた。



 そしてカラスはその日の夕方、キツネに最後の手紙を届けた。キツネの家に着くともう鶏たちはやわらかな草の上でうとうととしていた。キツネは鶏たちが幸せそうに眠りにつくのを穏やかな顔で見守っていた。

「手紙だぜ」

 キツネはカラスの持ち物が手紙だけであることに顔をしかめた。いつもは手紙と共にたくさんの手土産の入ったカゴも持っていた。そのほとんどは鶏にしか使えない物だったが断っても必ずと言っていいほど何か持ってきていた。しかし、今日は手紙だけだ。キツネはその場で手紙を開く。するとキツネの顔は苦悶するような険しく難しい顔になった。

 カラスは庭に置いてあるアワの袋を見て言う。

「お前さん、食べようと思えばアワだって食べられるんだろう」

 するとキツネは顔を上げた。

「ああ、食べられないことはないが、俺には足りない。それにアワは鶏たちの好物なんだ」

「好物ったって、お前さんはそいつらを食っちまうんだろう?」

「ああ、俺は鶏たちに生かしてもらってる。鶏の産んだ卵を食べ、鶏が寿命を迎える時にはそれを食す。キツネとして生まれた以上、それは仕方のないことだ。だから鶏たちが生きている間は好きなものを食べて気持ちの良い寝床で寝て幸せに暮らしてほしい」

 キツネは静かに語った。

「ふうん、俺にはよくわからないね」

 カラスは興味がないようにそっぽを向いた。

「わかって欲しいなんて思わないさ」

 キツネはそう言うとポケットから鉛筆を取り出し受け取った手紙にサラサラと何かを書き込んだ。



 次の日、村長の元にカラスがやってきた。うさぎもシカもとうとう返事が返ってきたのかと駆け寄るがその足に手紙はない。

「返事を受け取りに来いってさ」

 カラスが言うとシカがフンフンと鼻息を荒くした。

「本当にどこまでも失礼な奴ですよ!」

「まぁまぁ、何かあったのかもしれないからね、キツネのところに行ってみようじゃないか」

「本当に村長は人が……いやウサギが良すぎますよ」

 シカはやれやれと肩をすくめる。

「いくなら案内してやるぜ」

「それなら手土産を用意せんとな、手ぶらってわけにはいかないからな」

 カラスはそれを聞いてニヤニヤと笑った。

「手土産なんていらないと思うぜ」

 そうしてうさぎとシカはカラスの案内でキツネの元へと向かうことになった。


 村のはずれ、木の生い茂る林の奥にキツネの家はあった。そこは木漏れ日の差す、静かな場所だった。木材を組み合わせただけの簡単な家のドアをノックする。しかし、誰もいる気配がなかった。

「呼んでおいて、留守なんて怒りを通り越して呆れますよ」

 シカが嫌悪感たっぷりに言う。

「裏手はどうじゃ? 鶏の姿も見えんし、家の裏にいるのかもしれんぞ」

 そして一行が裏手に回るとそこには鶏小屋があった。しかし、そこにもキツネはおろか鶏1匹の姿も見えない。さっきまで使っていたであろう鶏小屋は綺麗に掃除をされていて村から贈った柔らかな草が敷き詰めらていた。鶏たちの食べこぼしたアワも日の光に照らされて黄金色に輝いている。

「はぁ! もったいない! なんてひどい奴なんでしょう! 食べ物を粗末にして!」

 シカは怒り叫んだ。カラスは鶏小屋の上にとまるとシカを見下ろした。

「なぁ、知っていたか? お前らの好きな物が他の奴も好きだとは限らないんだぜ」

「は? 何が言いたいんですか?」

「つまり、お前にもわかるように言うとだ、キツネの好物が草やアワじゃないってことだよ」

 カラスの小馬鹿にしたような言い草にシカはワナワナと震えた。

「そんなの知りませんよ! なんですか? いらないものを送りつけて迷惑だったとでも言いたいんですか?」

 カラスは意地悪な笑いを浮かべているだけで何も言わない。その代わりにシカの問いに答えたのはうさぎだった。

「知らなかったのならしょうがなかろう」

 うさぎは静かに言った。するとシカはほれ見たことかとカラスを見上げる。

「そうですよ、言わないほうが悪いんです。好物があるなら言えばいいんですよ」

 カラスは堪えきれずに笑い声を上げた。

 

 うさぎはふーと長い息を吐く。

「なんじゃ、キツネにバカされた気分じゃ。結局、手紙の返事もないしのう」

 するとその時、どこからか風が吹き、細かな紙きれがひらひらと飛んできた。それはびりびりに破られた村長の手紙だった。うさぎは切れ端を拾うと軽いため息をついた。

「やれやれ、手紙を破りたくなるほどわしは嫌われておったということかのう?」

 するとそれにカラスが答えた。

「いいや、むしろ大好きだと思うぜ」

 カラスは確かにキツネがウサギからの手紙に返事を書き込んだのを見た。村長のうさぎが書いた手紙の内容はこうだった。

『キツネ殿の好物を教えてくだされ。教えてくだされば鶏の代わりにこちらで用意しますぞ』

 そしてキツネはうさぎの手紙の下に返事を書いていた。

『うさぎ』と。


 おしまい






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