迫害
「意志って……親父は一体なにを?」
「孤児院と傭兵の育成」
「それの何が悪いの?」
この世界は今、魔獣と竜魔と人間と三竦みだと聞いた事がある。ならば、父のやっている事は国益に直結するのではないか。そう考え至るのは当たり前だろう。
「ここじゃなんだ。場所を変えよう」
リュカが立ち上がり、ヤクモは彼女の後ろをついて行く。
「ってどこまで行くの?」と、不安混じりにヤクモが吐露したのは、昇華区を抜け街を出てから二十分程が過ぎてからだった。
「ん?もーちょいだから焦んなッ」
焦ってるのではないんだが──
「街の中じゃ話せないの?」
「まあな。少年もあの騎士達を見ただろ?」
「うん」
「ありゃあ、オレを探してんだ。簡単に言えばお尋ね者だからな」
リュカは不意に振り向き、月下の下でヤクモを見つめた。
「ここまで来たら大丈夫だろ。良いか、少年」
生唾を飲み込み頷いた。
「オレは人間じゃない。魔人だ」
髪を掻き分け見せたのは、長く尖った耳。それは紛れもなく、魔人特有のものであった。魔人、魔獣、人を喰らう怪物。恐ろしい力を持つとされる化け物。膨大な魔力は田畑を灰燼に帰す炎を造り。風の如き速さは、目にも留まらぬ早さで首をはね。強靭な肉体は、刃を通さない。
ヤクモの顔は一気に蒼白し、言葉を失う。歯はカチカチと鳴り、四肢は震え腰を抜かす寸前だ。
「まぁ、驚くのは無理ねぇわなぁ。でもな少年、君が知っている史実には誤りがある。それは、オレ達魔人は人の手によって造られた存在だって事だ」
「なんの為に」
聞いときながらヤクモは一つの答えにたどり着く。
「いや、明白か。戦争」
「そうだとも。だが、人はオレたちを守らない。オレ達は道具であるのと同時に恐怖の根源でもあった。故に魔人育成計画は十年前に終わりを告げた。オレ達はその生き残りであって、迫害対象なんだよ」
「そんな事って」
「あるんだ。人は大いなる力を求めるが、目の当たりにした瞬間、恐れを抱く。とは言え、二十年続けば魔人だって自分達で数を増やす」
「どうやって?」
「そりゃあ、ほらあれだ」
「あれ?」
ヤクモが小首を傾げれば、小っ恥ずかしいそうに鼻頭をポリポリかきながらリュカは言う。
「恋だ」
「恋ッ!?」
「そりゃそうだろ。だけどな、国はそれを許しはしなかった」
リュカは深呼吸をして会話を続ける。
「人間にとってオレ達は尊厳も何もない討伐対象だった。ただ一人、君の親父でありオレ達の師を除いてな」
「親父が、なにを?」
「アルクルは表上、まだ年端もゆかぬ魔人の子を洗脳教育と称して孤児院で学ばせていた。同時に裏では、生き抜く為の剣術をオレ達に教えていたんだ」
刀鍛冶師は武器を扱う。扱うには理解をしなくてはならない。だからヤクモも幼少の頃から剣技を学んでいた。
「……だがバレた」
「なんでバレたの?」
「分からない。オレ達はそれからアルクルの意志をつぐと決めたんだよ」
「意志って、孤児院と傭兵?」
「違うぜ。アルクルの願いは、魔人が住まう国を作る事。迫害されず、否定されず、一つの命として扱われるように、と。騙した感じになってすまない」
「謝る事はないよ。俺だって君からエミル銀貨を貰ったんだから。俺からもう一ついいかな?」
「いいぜッ」
ヤクモは先程まで居た街・オルラレンを指さして言った。
「リュカは、あの街でなにをしようとしたんだ?」
「なにを?ああ、仲間の奪還だよ。っても、手遅れだったんだけどな。ハハハハッ」
引きつった笑いを見せる奥底に漂う言葉に出来ない感情。リュカは一体どんだけ悲惨な現場を見てきたのだろうか。
「そうか。当面の目的は仲間を奪還する事なのか?」
「そうだね。仲間が居なきゃ何も始まらないからな」
「分かった。俺も協力する。ギルドから依頼を受けながらすればお金にも困らないだろうしな」
リュカは徐にヤクモの手を握り、美しい瞳を滲ませ言った。
「ありがとう……」
男勝りな立ち振る舞いをし続けていたリュカからは、予想もできない女性らしさだった。