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月下に現れるのは悪魔か天使か

 思う所はいくつもあった。例えば、今まで一度も戦った事がないだとか。だとしても背に腹はかえられないって言葉があるように、今の青年には全くと言っていいほど余裕がなかった。


 父が遺した刀を腰にぶら下げ、机の上にあるエミル銅貨を三枚手に掴むと鏡で身なりを確認する。黒い髪は少しごわついているが、まあ気になりはしないだろう。本来ならプレイトアーマーや皮鎧などを用意したい所だが、青年が用意できるのは精々、布で長袖の作業着だ。それでも、火を多用する仕事である為、分厚くは出来ている。


「よし」と、胸を燻る緊張感を誤魔化して家を後にした。青年が家を構えてる場所は、規模の狭い商業地区と呼ばれている場所。ここでは様々な商売人がしのぎを削りあっている。とはいえ、貧困層が数多く住んでいるのは、人々が物を買いにわざわざ此処までほぼ来ないと言うこと。結局の所、負け組が辿り着く底辺。


「お! ヤクモじゃねぇか」


 後ろから気さくに青年・ヤクモに声を掛けたのは、よく知る人物だった。


「あ、ザザさん」

「おうっ。今からどっかいくのか?」

「はい。ちょっと、昇華地区オラールに」

「オラールか。あそこにゃ騎士の連中も多い。俺たちみたいな貧乏人なんか、なんもしてねぇのに疑われるからな。それに今日はやたら多い」

「騎士が、ですか?」

「ああ。だからヤクモも気をつけてけよ。良からぬ濡れ衣を着せられるなんざザラだからな」

「ありがとうございます」


 忠告を受けたヤクモは、頭を下げてからダリア街メイン通りに連なる昇華地区を目指す。寂れた風景は慣れてる筈なのに、いつ見てもすこし胸に苦しみを覚える。いつかは抜け出したいと思いながらも、抜け出せない負の連鎖。


 この風景がダイレクトにそれを伝えてくるのだ。あがけどあがけど、沼にハマる生き地獄は生きる希望すらも奪ってゆく。


「はあ……やっとか」


 ため息が一回、二回と出た頃、ヤクモの翡翠色をした瞳には、昇華という名に恥じない華やかさをもった軒並みが写る。


 皆が清潔感のある服を着こなし、経済の豊かさを嫌という程見せつけるのだ。もし自分も此処に産まれていたら、そんな叶わぬ幻想が──いや、幻想を抱く事じたいが非常に腹ただしい。


 ヤクモは呼び込みや食べ物屋等に一切、耳も目も貸さず向けず冒険者ギルドへ向かった。


 ──しかし。


「え? 登録するのにエミル銀貨を一枚……ですか?」

「はい。登録をするさいに、スキルや使用可能属性などを調べる必要があるので、それらの必要出費となります──が、どうなされますか?」


 受付嬢、ネームプレートにはルミエと書いてある。ルミエは淡々とテンプレートである言葉を吐くとジッとヤクモを見つめた。


 いやいや、そんな見つめられても困る。エミル銅貨3枚だってボロ屋であれば一泊出来る大金だ。銀貨ともなれば、昇華地区の宿に素泊まりならできるだろう。そんな大大大金あるはずがない。あるならとっくに支払いをしてるってものだ。


 他の屈強とした冒険者達が発する喧騒が、ヤクモ自身の心音に呑まれる刹那、視線を落として口を開く。


「あの……少し考えさせてもらってよろしいでしょうか?」

「あ、はい。決まりましたらまたお越しください。でら次の方どうぞ」


 やはり世間は冷たいし、地獄は足に絡みつき免れる事が出来ない。もはや頼みの綱すら容赦なく切られただただ堕ちてゆく。


 華やかな街灯が滲み、虚無感に襲われたヤクモが口の端を強く。血が滲むほど強く噛み締めたのは、冒険者ギルドを出てゆくあてなく彷徨い辿り着いた裏路地だった。


 壁に寄りかかり、高い空を眺める。


「神は俺に死ねッていってんのかよ……」


 女神エミル。人々に平等の恩寵を与える平和の象徴。ならなんでこんなにも惨めで、こんなにも救いのない試練を与え続けるのか。


「ちげぇな。神はそもそもオレ達にゃ興味ねぇんだ」

「君は?」


 声の方に視線を向けると、背丈はヤクモより少し低いであろう少女が仁王立ちをしていた。


 実に堂々とし、透き通った声音は凛としている。


「こんな湿気た場所に居るから考えもジメジメすんだよ」と、初対面とは思えない馴れ馴れしさ。しかも、ヤクモの問に耳を貸さない図々しいさ。余りにも常識外れすぎる彼女から視線を外せなかったのは、それでも彼女が──涼やかな風に青い髪を靡かせる彼女が美しかったからだった。


 それこそ、女神エミル以上に。

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