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 魔王城。

 瘴気に満ちた不毛の地、魔界の険しい山岳に聳える不気味な城。

 仄暗い空の下、朽ちて吹き抜けになった謁見の間。辺りを漂うのは鉄の匂い。


 勇者一行は、壊滅寸前だった。

 勇者の剣は折れ、戦士の盾は砕かれた。僧侶が恐怖の目で見つめる先──震える盗賊の腕の中、魔法使いが腹部を血みどろにして絶命しかけている。


「勇者が!この程度とは!フハハハハハハ!」


 高笑いするのは魔王──もとは人だったはずの怪物。

 白い髪、赤い瞳、薄紫がかった灰色の肌。常人の倍ある背、筋骨逞しいむき出しの上半身。

 なにより異様なのはその右腕。肩から下は漆黒でその巨躯にさえ不釣り合いなほど大きく、まるで別の生き物であるかのように蠢いている。


「もう終わりか。我を倒すなどと申しておいてこの程度とは」


 勝利を確信し愉悦に浸る魔王に勇者は悪態をつく。

 こんなはずではなかった。

 戦士が耐え、魔法使いが削り、勇者が斬る。盗賊と僧侶の支援はいつにもなく冴えていた。以前に魔王に一度負けた上で勝算がある作戦だった──あの腕を見るまでは。


 魔王の鎧を破壊した途端に振るわれた黒い塊。腕だと認識するより先に勇者と戦士は吹き飛ばされ、魔法使いは腹を貫かれた。


 魔王は嗤う。


「いくら武器を使う技能に優れようと、その武器が折れてしまっては戦えない。人間とはなんと脆弱か。腕の一本で片付いてしまったぞ」


 国の宝であった勇者の剣は一撃を防いだだけで折れ、なおも防ぎきれなかった衝撃で骨をやられた。全身が悲鳴を上げ、息をしているだけで苦しい。


 だが。

 それでも、勇者の心はまだ折れていなかった。

 勇者だけではない。

 魔法使いが最後の魔力を傍らの盗賊の毒剣に込める。 僧侶が勇者と戦士に回復を施す。

 ───ああそうだ。まだ終われない。苦しいからと逃げ出す訳にはいかない。仲間の死を無駄にしてはいけない。

 魔王は、ここで倒さなければいけない。

 勇者は力を振り絞る。ここで立ち上がらなければ勇者と名乗る資格はないと身体を奮い立たせる。


「勝手に…終わらせてんじゃねえよ…!」


「…む?」


 しかし魔王が注意を向けたのは勇者の後方。

 白ローブの人物が謁見の間の入口に立っていた。


「借りを返しにきたんだけど…状況が変わったようね」


 女の声。

 魔王は勇者への興味を無くすと、嬉々として女へ向かい歩き出す。


「どうにも最近は客が多いな。名乗れ、我が相手をしてやろう」


 女がフードを下ろすと白い髪が露わになる。


「貴様は…」


 赤い双眸が、魔王の表情が凍りつくのを見る。


 女は、冷めた表情をしていた。


「名乗る名前が無くてもあなたを殺せるわ」


「ほう、殺すと宣うか。ならば相手をしてやろう!」


 弾かれたように魔王が女へと突進する。

 女が左手を、魔王が右手を翳す。


「フロストボルト」


「腕よ!」


 女が手を翳した先に魔法陣が浮かび上がる。魔力が渦を巻いて集まり、──魔法陣ごと魔王の黒腕に吸い込まれた。


「…変な腕」


「魔術など効かぬわ!」


 女はもう一度魔術の発動を試みるが、今度は魔法陣さえ形を作る前に魔力が腕へと吸われてしまう。

 魔王が女の眼前に迫り、黒腕を振りかぶる。

 この距離、この速さ、回避は間に合わない──。


「くたばれぇぇぇ!!」


 刹那、轟音。


「ぐわぁぁぉぁぁぁあ!!」


「チッ、足りない」


 再びの轟音。



 盗賊は、魔法使いの最後の願いを届けた後は成り行きを見守ることしかできなかった。

 突如現れた女へと突撃した魔王は、二度の轟音の後に右腕を抑えて悲鳴を上げる。

 黒い右腕は、上腕から下が千切れ飛んでいた。


 盗賊は驚愕する。女がその手に握っていたのは、リボルバー──この世界には存在しないはずの武器だった。


「おのれぇ、おのれぇぇぇえ!!」


 魔王が怒り狂い吠える。


 しかし、故に背後から近付く存在はその意識から抜け落ちた。


「ブレイブスラァァァッシュ!」


 魔王の首を斬り落としたのは、勇者の渾身の一閃だった。

 剣を折られた勇者の手に握られたのは、魔法使いの最後の魔力が込められた盗賊の剣。


「剣が折れたら借りればいい。お前は勇者を、俺の仲間を舐めすぎた」


 絶命した魔王に、勇者が吐き捨てるように言った。


 こうしてこの世界の魔王討伐は為された。

 勇者の手によって。


  *


 暫く後。魔王城に来客があった。


「問題は無いと目を離していたのですが…」


 黒スーツの男が、魔王の亡骸に話しかける。復活ができないようにとその頭蓋は持ち去られており、首なしの身体だけが残されている。


「あなた様唯一の懸念は魔法使いだったはず。あの黒い腕がありながら、一体どうしてこんな事に」


 男は口調こそ嘆いていたが、実際人間に期待をするのは無駄なことだとわかっている。


「魔王と言っても人ですからね、負けることもあるでしょう。失望はしましたが責めたりは致しませんよ」


 ふと男が部屋の隅を見れば、真っ暗な影の中に蠢くものがいる。


「ああ、なるほど。切り離されてしまいましたか」


 魔王の黒い腕だったそれは、魔王が死してもなお生きていた。否、最初から生きてなどいない。

 近付いていくと黒い塊は膨れ上がる。それは突如男に飛びかかり、


 パチン。


 男が指を鳴らすと同時に弾け飛ぶ。

 形を保てず、黒い霧となって消えた。


「どうやらここは無理なようだ。諦めて次の世界を───滅ぼしに参りましょう」


 パチン。


 今度は男が消えた。

序章、もとい“魔王のいる世界”編でした

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