95・アレクさんは面白がっているようです
その後。
私たちはすぐに、あの場を去った。
邪竜の力はバーバラさんを取り込んでから、嘘のように収まっていったけど……まだ危険が残っているかもしれないからだ。
とはいえ、あのままにしておくわけにはいかない。
レオンは即座にリファリオンの執政官に連絡し、自警団を動かした。
バーバラさんを含む、その一味の方々も捕らえられ、尋問にかけられた。
しかし結果は芳しいものではない。
バーバラさんとマルスラン殿下の語った内容以上の情報は、そこから出てこなかったのだ。
これから時間をかければ、なにか分かってくるかもしれないが……あまり期待は出来なさそうだ。
後始末も終えると、周囲はすっかり暗くなっていた。
夜道を馬車で移動するのも危険だということで、私たちは街の宿で一泊することになった。
「まさか、マルスラン殿下が帝国と繋がっていましたとはね」
──その一室。
私とレオン、アレクさんの三人で今回の一件について話し合っている。
「殿下などつけるな。最早、ヤツは敬うのにも値しない」
レオンは忌々しそうに表情を歪め、そう吐き捨てる。
「承知しました。では──マルスランは本当に、平等な世の中を実現しようとしているのでしょうか?」
「現時点では分からない。ヤツが咄嗟に取り繕った嘘である可能性も、考慮すべきだろう」
それは、私もレオンと同意見だ。
──平等な世の中を実現する。
一見、素晴らしいことのように思えるけど、マルスラン殿下──いや、マルスランはそのための被害なら、いくら出しても顧みない。
多数の犠牲の上に成り立つ平等は、果たして正しいのだろうか?
私の力及ばず、戦場でたくさんの人が死ぬ光景も経験したことがある。
そんな私からしたら、彼の考えには簡単に頷けない。
「マルスランはどこに行ったのでしょうか? あれから、姿が見えませんが……」
レオンとアレクさんにならって、私も殿下と呼ばずにそう質問する。
もちろん、マルスランから詳しく話を聞くために、他の人々の手も借りて彼を捜索した。
しかし一向に見つからない。
もう、街から出てしまったのだろうか?
ならば、私たちの前に顔を出した理由は?
レオンを殺すため?
分からないことが多すぎる。
「さあな……。しかし、見つからない以上は既に街を離れている可能性が高い。正体がバレたヤツの行くところは──」
「帝国……でしょうね」
アレクさんが呟く。
「そうだ。既にマルスランが国境を越えないよう、手配してもらっているが……時間が足りなすぎる」
「まだ情報は行き届いていないでしょうしね。末端の兵では、マルスランの国境越えを防げないでしょう」
レオンとアレクさんの声は、緊張感がこもっていた。
マルスランが他国にわたった場合、なにが起こるのだろうか?
彼はこの国の第六王子。いくら軽んじられている存在でも、国にとって重要な情報を握っている可能性がある。
帝国にわたれば由々しき事態だ。
「ですが、暗い話題ばかりではありません」
暗い雰囲気を払拭しようとしたのか。
アレクさんが明るく努める。
「レオン様の記憶が戻ったことです」
「そうです。一時はどうなることかと思いましたが……これだけは、彼に感謝しなければなりません」
レオンの記憶喪失を治す『鍵』は、邪竜の力に触れることであった。
当初、それもマルスランの虚言かと思ったが……こうなった以上、彼の考えは正しかったのだろう。
「うむ、そうだな。もっとも、ヤツにもう一度会っても、感謝の言葉を述べるつもりはないがな」
私の思考を遮るように、レオンがこう口にする。
そして私たちと視線を合わせ、深くお辞儀をし。
「二人とも、本当に今まで迷惑をかけた。色々と奔走してくれて、助かった」
「私こそよかったです」
私も笑顔で、そう答える。
「屋敷に帰ったら、エマやゴードンにも感謝を伝えなければな。まあ……ゴードンは面白がっていただけのようにも思えるが」
「ゴードンも、彼なりにレオン様を心配されていたようですよ? 訓練に身が入っていなかったと、他から聞いています」
「どうだか」
レオンが肩をすくめる。
「そのためにも、今日はしばしの休息を取ろう。さすがに疲れた」
「そうですね……あっ、私、お風呂で汗を流してきてもいいですか?」
気を抜いたら、自分が汚れていることが気になってくる。
こんな汗臭い体、レオンに嫌われちゃうかも……!
さっきから全身になんともいえないむず痒さを感じるし、お湯で体を洗いたい。
「それは……」
しかし、レオンは言い淀む。
「どうされたのですか?」
「い、いや、マルスランが見つかっていない以上、今はまだ警戒状態だ。いつ何時、危険が降りかかるとも限らないし……なるべく君から目を離したくないというか……」
「レオンの言うことにも一理ありますね。ですが、少々考えすぎな気が……」
まあ彼の考えすぎは元々な気もするが。
私とレオン、どちらも譲らないでいると、
「いい考えがあります」
アレクさんが、こう進言した。
「でしたら、ご一緒に湯に浸かってみてはいかがですか?」
「ア、アレクさん!? 一緒にって、どういう意味ですか?」
「言葉の通りのままですが? 今更になりますが、お二人は夫婦です。さほど、変なことを言っているわけではないかと」
ニコニコと笑うアレクさん。
その表情からは、どこか面白がっているような印象も受けた。
「レ、レオンもいけませんよね?」
「いや──」
レオンも断ると思っていたが、彼は一頻り考えてから、こう口を動かした。
「悪くない案だ。浴室に共にいれば、なにかってもすぐに君を守ることが出来る」
「レオンもなにを言い出すんですか!?」
「ん? 俺たちは、そういう関係だろう? アレクの言った通り、今更な話の気もするが……」
不可思議そうにレオンが首を傾げる。
「…………」
そんなレオンを、アレクさんが神妙そうに見つめていた。
「ア、アレクさんも、どうしてそんなことを──」
「そうですね。良い案かと思いましたが、フィーネ様が嫌がっていては強要はいけません。やはり、やめておきましょうか」
「でしょうでしょう!」
「そもそも、浴室とはさほど距離が離れていません。なにかあればフィーネ様に悲鳴を上げてもらえれば、すぐに駆けつけることが出来ます。レオン様、この辺りでいかがでしょうか?」
「……分かった」
少し納得がいっていなそうだったが、レオンは渋々頷いた。
……驚いた。
まさか、レオンがあんなことを言うなんて。
アレクさんも悪戯心で言ったまでだろう。だから私が嫌がると、すぐに引き下がってくれた。
……無論、レオンとお風呂に入ることを、私も本気で嫌がっていたわけではない。
しかし嬉しさよりも、恥ずかしさが上回って──アレクさんの意見に首を縦に振れなかっただけだ。
「と、とにかく、すぐに入ってきます。すぐに戻ってきますから、ご安心を!」
熱くなっている両頬を押さえながら、私は浴室に急いだ。




