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92・逆襲開始

「レオン・ランセル。さあ、答えろ」


 バーバラが答えを急かす。

 男たちも武器を突きつけてくるが、すぐに俺に襲いかかってこなかった。


 夫婦関係を解消するのが最善──か。


 ならば、俺の答えは決まっている。


「俺はそう思わない。彼女は今でも、俺の大切な妻だからな」


 そう言いながら、剣を抜く。


 彼女は俺と共に歩むと決めてくれた。

 それをこいつの言葉で惑わされる? 笑えない冗談だ。こいつの言葉を真に受け、離縁しようなどとは絶対に思わない。


「老婆心で語ったことじゃったか……愚かな公爵様には、理解してくれなかったか」


 呆れたように、バーバラは深く溜め息を吐く。


「おとなしく、捕まってくれる気もなさそうじゃな」

「当然だ。俺は、他人に人生を強制されるのが嫌いなんだ」

「ならば、無理やりにでもその身、拘束させてもらう」


 バーバラが顎を動かし周りの者たちを見ると、男たちはさらに俺との距離を詰める。


「こんなゴロツキどもが、俺に勝てるとでも?」

「さすがは帝国の剣神すらも倒した公爵騎士──大した自信じゃ。しかし……一つ、忘れておらぬか? この場所に、貴様が誰が来たのかということを──」


 それを聞き、俺は動きを止める。


 バーバラはフィーネのことを、言っているのだろう。

 彼女は治癒魔法のスペシャリストで、かつ光魔法の使い手だ。

 しかし光魔法自体に攻撃性はないし、彼女こそ目の前の男たちより戦いに慣れていない。

 俺が少しでも剣を振るえば即刻、別室にいるフィーネに危害を加える──バーバラはそう言っているのだろう。


「人質……ということか。全く……実力主義だとか平等だとか、大した高尚を垂れる割には、くだらない真似をするな」

「言いたければ、いくらでも言え」


 俺が吐き捨てた挑発は負け惜しみだと思ったのか、武器を持った男たちは恐れず、さらに前進する。


 前にも後ろにも、逃げ場がない。

 こいつらを倒さなければ、脱出は不可能だろう。


 本来なら、バーバラの企みは成功した。フィーネを人質に取られている以上、俺は動けない。


 しかし、バーバラは分かっていなかった。



「人質? 誰のことですか? 私ならここにいますよ」



 後方。

 振り返ると、部屋の出口の前にフィーネとアレクが立っていた。




 ◆ ◆



「人質? 誰のことですか? 私ならここにいますよ」


 アレクさんと、屋敷の地下を進み。

 ようやく辿り着いた場所では、レオンが武器を持った複数の男たちに囲まれていた。


 そして、そこにはバーバラさんも。


「なっ……!」


 この場に姿を現した私とアレクさんを見て、バーバラさんは言葉を詰まらせる。


「き、貴様……どうしてここにっ! 他の者はどうしておる!?」

「他の者? ああ──その方たちなら、眠ってもらっていますよ。気持ちよさそうに……ね」


 アレクさんが一歩前に出る。


 彼の言動、そして身に纏っている服装でバーバラさんは全てを悟ったのだろう。

 表情を歪ませて。


「最初から、儂らのことなど信頼していなかったということか! 意外と強かな公爵だ」

「急な話だったからな。それに……俺たちがここに来てから、殺気が隠し切れいなかったぞ。素人集団の限界だな」


 形成逆転。

 レオンは剣先を、バーバラさんに突きつける。


 これで退いてくれれば、話は早かった。


 しかし彼女らも諦めが悪い。


「バカにするな! まだ勝負は着いていない。貴様ら! こいつらをやってしまえ! 人数の利はこちらにある!」


 アレクさんが男たちに指示を出す。

 当初、彼らは戸惑いの表情を見せたものの、すぐに気を取り直して武器を構える。


「フィーネ様、退がっていてください。すぐに片付けます」

「はい」


 アレクさんの指示に従い、一歩退いたところで戦いを眺めておくことにする。

 アレクさん──そしてレオンも武器を構え、戦いが始まった。



 ──それからは、圧巻の一言である。



 人数的には、こちらが不利。

 しかし、レオンとアレクさんも一歩も退かない。

 男たちを斬り伏せ……敵はあっという間に、残りバーバラさん一人だけになってしまった。


「さあ、これで終わりだ」

「抵抗は無意味ですよ」

「ちっ……!」


 バーバラさんが舌打ちをし、その場から逃走を図ろうとする。


 だが。


「逃がすわけにはいかない」


 レオンは即座に地面を蹴り、一気にバーバラさんと距離を詰める。

 バーバラさんの手を掴み、関節技をかけた。


「は、離せ……っ!」

「これで終わりだ」


 そのまま腹部に蹴りを炸裂させると、バーバラさんは苦悶の表情を作り、地面に倒れて気を失った。


「お、お疲れ様です」

「お互いにな」


 戦いが終わったのを見届け、レオンに近付くと、彼は余裕の表情でそう口にした。


「怪我はないか?」

「はい。そう言うレオンも大丈夫ですか? お怪我はされていませんか?」

「ああ」


 頷くレオン。

 よかった……と、ほっと安堵の息を吐く。


「この方たちの真の目的は、やはりレオン様の身を確保ですか? フィーネ様ではなく?」


 アレクさんが倒れれているバーバラさんを一瞥してから、レオンに問いかける。


「そうだったようだ。彼女ではない」

「そうですか……」


 相槌を打つアレクさん。


 ……アレクさんが危惧しているのは、私の光魔法のことだろう。

 実際、私は一度、自分が持つ光魔法の力のせいで、バティストに攫われることになった。

 バーバラさんが、私の光魔法について知っていれば、そのような可能性も考えられたが……どうやら、その線は薄いらしい。


「だが、こいつらの真の目的はそれだけではなかった」

「と、いいますと?」

「こいつらは──」


 レオンから説明を聞く。


 バーバラさんは、帝国と繋がっていた。そして邪竜を顕現させ、その力とレオンの身を確保することにより──帝王陛下の機嫌を取り、帝国の民となろうとしていたことを。


「ひ、酷い……」


 思わず、声を漏らしてしまう。


 彼女らの考えも分かるが、そのためには多くの人々が被害に巻き込まれるだろう。

 底なしの悪意に、私は恐怖を感じた。


「全くだ。仮にこいつらの企みが成功しても、帝国の民になれるとは思えん。都合よく利用され、捨てられるだけだ」


 レオンは忌々しげに唾棄する。


「レオンの記憶を治す手段も、全て嘘だったわけですね」

「まあな。しかし、そう気を落とすことではない。命があれば、いくらでも他に方法を模索することが出来るのだから」


 一番残念に思っているのは、レオンのはずだ。

 だけど、そのような態度を見せれば、私が不安になると考えているのだろうか──いつも通りの口ぶりで言う。


「邪竜の一件も気になりますが……あと一つ、大きな問題が残っていますね」


 無駄な言葉を挟まず、レオンの話に耳を傾けていたアレクさんがこう続ける。


「私たちを、ここまで招き入れた人物──」

「マルスラン殿下だ」


 レオンが神妙そうに一度頷く。

 元々、私たちはマルスラン殿下の勧めで、ここを訪れたのだった。


「マルスラン殿下は、バーバラさんたちの正体や目的を知っていたのでしょうか?」

「分からないが──今はそう考える方が、自然だろう」


 重苦しい空気が、より一層張り詰めたものへと変わった。


 どうして、マルスラン殿下がバーバラさんの味方をするような行為に手を染めるのだろうか?

 ここにいる人たちの裏には、敵国である帝国がいるのに?

 つまり、マルスラン殿下も帝国と──。


「……あまり、したくない想像だな」


 レオンも私と同じ考えに至っていたのだろうか。

 ぼそっとそう呟く。


「マルスラン殿下の真意を考えるのは後だ。今はここから出て──」




「あら、もう終わってたか。まあ、バーバラごときでレオン・ランセルを捕らえられるとは、最初から思っていなかったけどね」

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