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戦場の聖女〜妹の代わりに公爵騎士に嫁ぐことになりましたが、今は幸せです〜【書籍化】  作者: 鬱沢色素


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88・ようやく前に進める

コミカライズ6巻、本日発売です!

「俺の……ですか?」


 さすがに興味を惹かれたのか、レオンは眉をピクリと動かす。


「うん。君の現状については聞いているよ。竜神祭の日から、フィーネさんに関する記憶をなくしてしまっているって」


 いたましい表情で、マルスラン殿下は口にする。


 レオンの記憶喪失については、国に報告は済ませてある。

 彼は公爵家当主。その身が国の運命を左右することにも繋がるので、一報を入れる必要があったのだ。


 とはいえ、それも王族の一部。

 記憶喪失はレオンの弱みに成りうる可能性がある。ゆえにこういった処置になった。

 

 というわけで──彼の秘密を知る一部の中に、マルスラン殿下も含まれていたのだろう。


「僕は、君たちを気に入っている。なのにフィーネさんの記憶を失っているなんて……悲しいことだ。君の現状について聞いた時から、僕も心を痛めていた」

「お気遣い、ありがとうございます。今日はそのことを伝えるために、わざわざお越しいただいたと?」

「それだけじゃない。僕も君の記憶喪失がなんとか治せないかと思って、独自に調べていたんだ。そして、ある情報を手に入れたから、教えてあげようと思って」

「竜神祭の真の目的についてですか?」

「おや? その様子だと、君も掴んでいるようだね。さすがは若くして、公爵家当主を継いだ男だ。情報収集能力にも長けている」


 マルスラン殿下は感心したように言う。


「となると──過去にあの街で記憶を失った者がいたこと。元々、あの祭りは邪竜の怒りを鎮めるもの、ってことは知っているよね?」

「はい。もっとも、現時点ではあくまで仮説に過ぎませんが」

「その通りだ。だけど無視出来ない。君は竜神祭を調査したけど……そこで情報は行き止まり。手詰まりだったはずだ」

「……当たりです」


 レオンが悔しそうに声を漏らす。


 まるで、マルスラン殿下の語り口は、チェスで相手を追い詰めているかのようだった。

 相手の数歩先を予測し、的確に急所を突いてみせる。

 今、殿下がなにを考えているか知りたかったけど──先ほどから、不思議なまでに彼の感情が読めなかった。


「そこで君たちに朗報。竜神祭について詳しく知る人物を、僕が見つけたんだ」

「そ、それは本当ですか!?」


 今まで黙って殿下とレオンのやり取りに耳を傾けていた私ではあったが、これには思わず立ち上がってしまう。


「す、すみません」


 しかしすぐに、はしたかなかったと反省し、恥ずかしさを堪えながら再び席に着いた。


「ふふふ、やっぱり──君たちはまだ、この情報に辿り着いていなかったか」


 私の様子に気分を害した様子もなく、マルスラン殿下はクスリと笑う。


「僕が見つけた人は、その人生をもって竜神祭や邪竜について、調べていたらしい。その知識は、僕も舌を巻いたほどだ。彼女に聞けば、君の症状についてもなにか分かるかもしれません」

「彼女……女性なのですね。ちなみに名前はなんとおっしゃるのですか?」

「バーバラ──だよ。齢百を超える老婆だ。ちょっと癖のある人物だけど、親切な方だから安心して」


 ──希望の灯火が強くなった。


 治らないレオンの記憶喪失。

 サイラス様の言う、記憶修正の『鍵』を見つけられず、私たちは途方に暮れていた。


 しかし、ようやく前進出来るのだ。

 レオンが私に関する記憶を思い出してくれるかもしれない──そう考えるだけで、胸が弾む。


「わざわざお教えいただき、ありがとうございます。バーバラさんに聞けば、レオンの記憶を戻す『鍵』が手に入るかもしれません」

「『鍵』……? ああ、記憶喪失を治すきっかけのことを、君たちは『鍵』って言ってるのかな」

「はい。それにしても──よくそのような方を見つけられましたね」

「これでも一応、王族だからね。普通の人が持ち得ない人脈を持っているってわけ」


 肩をすくめるマルスラン殿下。


「……で、どうするんだい? バーバラには既に話は通してある。君たち二人が、あなたの元を訪れるかもしれない──とね」

「彼女も……ですか?」


 とレオンは私に視線を向ける。


「うん。記憶喪失には、フィーネさんも深く関わっているんだろう? だったら、二人でバーバラの話を聞くのが筋だよ。それとも、なにか不都合でも?」


 首を傾げるマルスラン殿下。


「私だって、レオンの記憶喪失を治したいと思っているのですから。なんなら、私からお願いしたいくらいです。レオン、私も行かせてください」


 私のことを気遣ってくれているんだろうか?

 なにか引っかかりを覚えていた様子のレオンに、私はそう言ってあげる。


 するとレオンは少し考えてから、


「……分かりました。フィーネとすぐにでも向かいます。こうしている間にも、状況は刻一刻と変化するでしょうから」


 とレオンは頷いた。


 急な話に、戸惑いがないと言うと嘘になるけど……ようやく、前に進めそうなのだ。

 今すぐにでも屋敷を出て、リファリオンにいるバーバラさんという方に話を聞いてみたくなかった。


「ははは、そんなに慌てなくてもいいよ。バーバラは逃げたりしないから」


 私たちの高まっていく期待感と緊張感を解すように、マルスラン殿下が笑った。



「……それに、もう手遅れだと思うしさ」



「え?」


 一瞬、マルスラン殿下が表情を暗くして、ぼそっとなにかを呟いたかのように聞こえたけど……それがなんなのか分からず、つい聞き返してしまう。


「いや、なんでもない。本当に君たちは仲睦まじいい夫婦だと思ってさ」


 しかし一転、マルスラン殿下はすぐに子どものような笑顔に戻って、そう答えたのであった。




 ◆ ◆



「竜神祭を深く知る人物──バーバラですか」


 執務室。

 マルスラン殿下が去ってから、俺──レオンはアレクに彼からもたされた話を説明し終えた。


「ああ」


 俺はアレクの言葉に、頷きで応える。


「私たちが探していた人物。それがあっさりと──しかも、マルスラン殿下からもたらされるとは。私たちの調査で、バーバラなる人物の名は上がっていましたっけ?」

「いや、全くだ」


 首を横に振る。


 領主である俺がいくら探しても見つからなかった人物。それがマルスラン殿下によって、もたらされた。

 これは、なにを意味するのだろうか?


「アレク」


 俺はアレクの瞳を真っ直ぐ見つめ、こう問いかける。


「マルスラン殿下を見て、どう感じた?」

「悪意は感じられませんでした。純粋なご厚意で、レオン様にこの情報を伝えにきたのだと思います」

「そうか」


 話し合いの最中、ただ紅茶を持ってきただけの振りをしてもらいながら、アレクにマルスラン殿下を探らせたが……彼も俺と同じ感想を抱いたようだ。


「まあ、殿下のご厚意だ。殿下の提案を無碍にするわけにもいかないし、今回はそれに甘えようではないか」


 そう言いつつも。


「とはいえ……なんの準備もなしにリファリオンに行くのは、少し怖い」

「ならば、どうするおつもりですか?」

「アレク、お前に頼みたいことがある。お前は──」


 その計画を告げ終わると、アレクはすぐに頷いてくれた。

おかげさまで、朱城怜一先生によるコミカライズ6巻が本日発売となりました。

小説と併せまして、お楽しみいただけますと幸いです!

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