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7・一目惚れ(レオン視点)

 フィーネが部屋からいなくなった後、俺は執事のアレクと言葉を交わしていた。


「なに? フィーネはここまで、徒歩で来ただと?」

「左様です」


 アレクの返事に、俺は頭を抱える。


「なんということだ……伯爵家の令嬢が、徒歩で来るなど有り得ない。有り得なさすぎて、頭から抜け落ちていた」

「レオン様がそう思うのも、無理はないことかと」


 しかし……これでフィーネに対して、疑問に思っていたことが確信に近付いた。



「彼女は実家で虐められているのか?」



 少し、やつれたような雰囲気。

 掴めば、折れてしまいそうな細腕。

 不健康そうな白肌。

 もっともそれは栄養が行き届いていないだけに違いないから、決して見苦しいものではなかったが……。


 いくら治癒魔法の腕が確かであっても、伯爵家の令嬢が野営地で軍医をしているなど……あの時から違和感はあったが、実家から虐められているとするなら腑に落ちる。


「こんなことなら、彼女に迎えをやるべきだった。俺の失態だ」

「繰り返しますが、レオン様のせいではありません。本来、伯爵令嬢が長距離を徒歩で移動することなど、有り得ないことです。それに……彼女の妹、聖女コリンナはそうではありませんでした」


 とアレクは断言する。


「コリンナか……図々しい女だったな。フィーネを指名したというのに、戦場で俺を見捨てたあの女が来るとは」

「レオン様に同意です」


 あの女の顔を思い出しただけで、むしゃくしゃする。



 そう……ヘルトリング伯爵家に縁談の申し入れをした際、最初にやってきたのはコリンナの方だったのだ。



「あの様子だと、フィーネはそのことも知らないのか?」

「おそらく、そうかと」


 ますますヘルトリング家の歪な家族関係に、吐き気を催してくる。


 フィーネじゃなく、コリンナの方がきた時は、思わず突っ返したくなったほどだ。

 


 ──そもそもよく、その顔をもう一度俺に拝ませる気になったな?



 しかしもしかしたら、なにか行き違いがあったのかもしれない。

 

 それに仮に怒りを覚える相手とはいえ、コリンナは女性。

 なにもせずに突っ返すのは、さすがに抵抗があった。

 まあ今思えば、その気遣いが間違いではあったのだが……。


 あの時、彼女は馬車で来たし、それはそれは豪奢な衣服やアクセサリーを身につけていた。

 その際、コリンナのあまりの失礼さに、俺たちは言葉を失ったのだが……この話を思い出すのはやめよう。気分が悪くなるだけだ。


 そんなことよりも。


「フィーネは妹とは全然違うな。あれだけの治癒魔法の腕を持っているのに、とても謙虚だ。彼女の方が聖女と聞かされる方が、納得が出来る」

「そうですね。あれだけ声もか細く、謙虚なお方が軍医をしているとは、今でも信じられません。まあ、戦場でお会いした時の彼女はもっと凛々しかったのですが」

「あの性格は美点だが、戦場では兵士をつけ上がらせる原因にもなる。彼女なりに、切り替えているんだろう」


 もっとも、フィーネはそれを無自覚でやっているように思う。

 そういうところも、彼女の素晴らしさに拍車をかけているように感じた。


「彼女の妹とは大違いです」

「そうだな。大違いだ」


 結局、話はそこに戻ってくる。


 俺はあの時、意識を失っていたので分からないが……ことの顛末はアレクから聞いている。

 彼女は傷だらけの俺を見て匙を投げ、逃げるように野営地を後にしたのだと。


 自分の傷の具合は分かっていた。

 相当腕のいい治癒士がいなければ、俺はこのまま死んでしまう……と。

 だからこそ、アレクは聖女のコリンナを頼ったのだろう。


 しかしその期待は裏切られた。


「果たして、本当にコリンナは俺の傷を治せなかったと思うか?」

「さあ……それについては分かりません。しかし聖女様は逃げ出して、フィーネ様があなたの命を救ったのは事実です」

「あれほどの腕を持った軍医がいるとはな……死にかけて得をしたとすら思うよ」

「死にかけて……というのを軽々しく言うのはやめてください。あなたが死ねば、この領地はどうなるんですか」

「冗談だ」


 と俺は軽い口調で言う。


 なんにせよ、フィーネの事情については、もっと詳しく調べるべきだろう。

 俺の命を救った女性が本当に虐待のような真似を受けているとするなら、ヘルトリング伯爵には相応の対価を支払ってもらわなければならないからだ。


「それにしても……」

「まだなにか気になることがあるのか?」


 俺がアレクに問いかけると、彼はニヤニヤしながらこう答えた。


「どうしてフィーネ様にあんなことを言ったんですか?」

「あんなこと?」

「色々ありますが……一番は治癒魔法の腕を見込んで、というところです。あなたがフィーネ様に求婚した理由。それは彼女に()()()()したからでしょう?」

「……っ!」


 アレクの言葉に、俺はなにも言い返せなくなってしまう。



 そうだ。

 俺はフィーネの治癒魔法の腕を見込んで、彼女と結婚したかったのではない。

 彼女の美しさ……そして心の清らかさに一目惚れしたのだ。



「そ、そんなこと、フィーネに言えるわけがないだろう! 一目惚れしただなんて言ったら、子どもだと思われてしまう!」

「一目惚れをするのに、年齢なんて関係ありませんよ。それにあなたは十分にお若い。少なくとも、恋愛面に関してはまだまだ子どもです」

「お前も人のことを言えないだろう」

「私のことは、どうでもいいんです」


 全く……俺をからかうくせに、こいつはすぐにそうやって逃げる。


 本当にこいつは俺の執事なのか? 忠誠心が足りないんじゃないか?

 と思ってしまうが、彼が当主の俺にそんな口を利けるのも、信頼関係あってのことだ。

 俺もそんな彼を信頼している。彼には他の人に言えないことでも喋ってしまう。


 だからこその失言だった。

 あの時、俺を助けてくれた女性フィーネに一目惚れしてしまった……と口走ってしまったことが。


「『君を愛している! 結婚してくれ!』でよかったじゃないですか。私は止めたのに、結局こんな紙切れまで作って……」


 とアレクが結婚契約書に目線を落とした。


「こ、こうでもしないと断られると思ったんだ。戦場で一度顔を合わせた男に求婚されたとなっては、彼女も警戒するだろう? 俺なりの気遣いのつもりだ」

「それでも、彼女は勘違いしてしまったようですよ? きっと、この結婚に愛はないと思い込んでいるはずです」

「愛など時間をかけて作っていくものさ。今はこれでいい」


 俺がそう言うと、アレクは今日何度目になるかも分からない溜め息を吐いた。

 至極当然のことを言ったはずなのに、どうしてそんな顔をするのだろうか。


 しばしの沈黙の後。


「なあ、アレク」


 このままでは、またアレクにこの度の契約結婚を突かれてしまう。

 そう思った俺は強引に話を変えることにした。


「なんでしょうか?」

「こんな話は聞いたことがあるか? 戦場には聖女がいる──と」


 俺の言葉に、アレクの表情が真剣味を帯びる。


「ええ、聞いたことがあります。『誰よりも働き、誰よりも優しい。どんな傷も癒やし、彼女に命を助けられた者は数えきれない。顔に泥が付いていても、それを払うことなく人々を癒す彼女は、まさしく戦場にいる聖女だ』……という話ですね」

「そうだ。よく知っているじゃないか」

「そりゃあ、そうでしょう。戦場に出ている者なら、誰でも一度は耳にしたことがある話ですからね」


 アレクはそう肩をすくめる。


「とはいえ、騎士の間で語り継がれる都市伝説のようなもので実在しないと思っていましたが……やはりフィーネ様のことでしょうか?」

「それはまだ分からない。フィーネの仕事っぷりは、一度しか見ていないからな。だが」


 俺はソファーに背もたれに体重を預けて、こう続けた。



「あの時、意識が戻って目を開けた時。俺の目の前にいた彼女の輝きは、まさしく聖女そのものだったよ」

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