3・私はただの軍医です
「レ、レオン様は助かるのですか!?」
私の言葉に、希望の光を見たのか。
騎士が前のめりになって、私に問いかける。
「はい。これくらいの傷でしたら問題ありません。ですが、時間が経てば経つほど危険な状態になりますので、失礼しますね」
私は横になっているレオン様の体を触る。
一見、華奢な体格に見える。しかしこうして触ってみると、意外と筋肉質。どういった事情で傷を負ったのかは分からないけど、公爵自らが戦場に出るくらいだ。ちゃんと鍛えているんだろう。
「出血が多いですね。でもこれくらいなら……」
治癒魔法を発動すると、手を中心として薄い緑色の光が灯った。
その光は拡散していき、キャンプの中を緑色に染め上げた。
「おお……! なんと神々しい光だ!」
興奮した様子でお付きの騎士が言って、
「聖女様は治癒魔法すらかけずに、逃げたというのに……あなたは顔色一つ変えないんですね」
と続けた。
確かにレオン様の容態は酷い。
しかし戦場で軍医として駆け回っていたら、これくらいで野営地に運び込まれてくる人などザラにいる。
中には両足がなかったり、胸にぽっかりと穴が空いている人なんかも。
それに比べたら、今のレオン様は血塗れではあるけど五体満足だし、ちゃんと自分で息をしている。
正直……これくらいでどうしてコリンナが匙を投げたのか、首を傾げてしまうほどだ。
「ああ……っ! すごい。レオン様の血が引いていく……っ!」
騎士の表情がさらに明るさを帯びる。
治癒魔法によって、レオン様の出血が止まる。そして新たな血が体の中を循環していった。
他の裂傷も瞬く間に閉じていき、彼が回復していっているのは見て明らかだった。
「あなたは一体……っ! 聖女様でも治せなかった傷をこれだけいとも容易く治癒するとは。ただの軍医とは思えな──」
「ちょっと!」
いい加減、我慢出来なくなった。
私は治癒魔法をかけ続けながら、先ほどからずっと一人で喋っている騎士の方へ顔を向ける。
そして語気を強くして、こう声を発した。
「隣でそんなに喋られたら、集中出来ません! まだレオン様が危険な状態であることには変わりないんですよ? 話なら後で聞くから、静かにしてください!」
一瞬、彼は驚いた表情。
しかしすぐに。
「……失礼しました。奇跡を目の前にして、少々興奮してしまったようです」
しゅんと落ち込んで、肩幅を小さくした。
ちょっと強く言いすぎたかな?
だけど戦場で戦う人たちは、荒っぽい人が多い。
こうしてたまには強く言わないと、言うことを聞いてくれない人の方が多いのだ。
ただでさえ、気も動転しているんだろうし。
命以上に大切なものはない……それが私の信条。
命を救うためなら、たとえ騎士相手に不遜な言葉を使ったせいで、後で裁かれようとも私に後悔はない。
それから彼は一言も声を発さなかった。
椅子に座ってことのなりゆきを見守り、拳を固く握っている。
レオン様の身を案じているのだろう。
そしてしばらくすると……。
「ん……」
レオン様の口から声が漏れて、瞼もぴくぴくと動いた。
これにはお付きの騎士も立ち上がり、レオン様の元へ近付いた。
「レオン様! レオン様! 私の声が聞こえますか?」
「ん……その声はアレクか」
「はい! アレクです!」
レオン様が目を開けて騎士の名を呼ぶと、彼──アレクさんの目から涙が零れ落ちた。
「俺は一体……確か不覚を取って……そ、そうだ。『戦』はどうなっている!?」
「安心してください。敵の兵も退きましたし、しばらくは大丈夫でしょう。レオン様の活躍のおかげです」
「そ、そうか……」
回復したばかりだから、まだ頭はふらふらとしているのだろう。
しかしレオン様は『戦』のことを気にかけ、そしてアレクから戦況を聞いて、ほっと胸を撫で下ろした。
「それだけ喋れれば、大丈夫そうですね」
私は腕で額の汗を拭う。
するとレオン様の顔がこちらを向いた。
「き、君は……」
「私はここの軍医です」
「彼女はすごかったんですよ! 聖女様でも匙を投げたというのに、彼女はレオン様を治してくれて……」
「そうか……俺の命の恩人か。名前を、聞いてもいいか?」
「フィーネ・ヘルトリングと申します」
手短に名乗る。
レオン様をそれを聞いて、
「フィーネ……ヘルトリング……どこかで……」
と記憶を遡っていた。
「まだレオン様の容態は完全ではありません。考えるのは後ほどにしては、いかがでしょうか? 今は回復に努め……」
と言いかけた時。
キャンプの外から、慌ただしい音が聞こえてきた。
「ぐ、軍医はどこだ! 大変なんだ。このままじゃ、あいつが死んじまう!」
「……どうやら私をお探しのようです」
ここは戦場。
レオン様だけではなく、次から次へと怪我人が運び込まれる。
私は患者を身分の違いによって、差別したりしない。
命は平等であるからだ。
私はレオン様たちにくるっと背中を向け、こう最後に言い残した。
「もう大丈夫だと思いますが、なにかありましたらすぐに私をお呼びくださいませ。あっ、言っておきますけど、立ち上がったりしたらダメですよ? しばらくは体を休めてください」
「わ、分かりました! 私がレオン様を見張っておきます!」
「俺は駄々をこねる子どもか」
アレクの物言いに、レオン様が溜め息を吐いた。
やっぱり、こんなやり取りを出来るならもう心配はいらない。
私は次の患者へと頭を切り替えるのだった。
そして今回の戦も終わり、私は実家に戻ってきていた。
そんな私の元にお父様が突如告げた言葉に、私は目を丸くするのだった。
「レオン・ランセル公爵様から……私に結婚の申し入れがきてる?」